家に戻ったときは午後一時に少し前だった。

「野焼き祭りには何時(なんじ)に行ぐ?」

「前に来たとき二、三度見ているけど、いつも野焼きの真っ只中だ。ポスターにあったけど、火入れ式とかどうやるのか見たみたことが無い。折角だから今日は夕方四時から始まる火入れ式も見てみたいと思っている」

「んでャ、晩ご飯はどうすっべ(どうしよう)。会場でも食べるものは売ってっぺけど(売っているけど)」

「姉ちゃん達は何時に見に行ぐ?」

「イベントっつうの(て言うの)、それが始まん(る)のは六時半からだべ。母ちゃん連れて行くのはその前だ。いづもお祭りば見に行ぐがら六時頃に夕食にすっぺ」

「じゃ、火入れ式を見たら、一旦帰るよ。何時間も立って居られないから五時半頃に一度戻る」

「その方が良いべ。祭りは夜中まであん(るん)だ」

「ンだば(それなら)夕食の準備ばすっぺ(しよう)。んでャ(それでは)これから畑さ行って茄子だのキュウリだのトマトを採って()っけど、仁志も一緒に行って大きくなった栗の木の枝を落としてけろ。母ちゃんの手が回らなくなって、畑に植えだ栗の木とかキウイの木が大きくなって困ってんだ(いる)」

「そったなごど、折角休みに帰ってきた仁志にやらせるこどねャ(無い)」

 姉との会話の間に母の考えが入った。

「良いよ、良いよ。疲れている訳では無いから一緒に行って来るよ。ノコギリと(なた)はどごにある?」

 表の納屋の棚の中だと姉が応える。

 生家の裏道に出て、車の通らない野道を左に二百メートル程行くと母が花と野菜を育てている畑がある。三、四畝ばかりの広さだ。今朝に採りに来てお墓にも持って行った白ユリや向日葵(ひまわり)、紫キキョウの外にもオミナエシ、ナデシコ、キンギョソウ、キリンソウやミソハギ、ホウセンカ、名前の分からない花が咲いている。その後に続く茄子、トマト、キュウリ、長ネギ、大根、しその葉等の畝を目の前にすると、改めて小学校や中学生の頃に畑仕事を手伝わされた記憶や炎天下の畑で大根やトマトを口にして喉を潤した記憶が蘇えった。

 

 何も植わっていないデコボコの穴のある畝は納屋の中に見たジャガイモと玉ネギを収穫した跡だろう。そこからもう一段下がった畑は姉の言う通りだった。昔から有る梅の木の側から私が小さい頃に見なかったキウイの棚が斜めに傾いたまま実を付け、その並びに栗の木が二本、既に十メートルの高さまでになってイガの実を付けていた。

「横に張りだした栗の木の枝の何本かを切り落として欲しいん(の)だ」

 姉の言う栗の木の下周りには里芋の畝が続き、栗の木の枝が大きく日陰を作っていた。

「どれとどれを切り落とす?。ハシゴが無いから手の届くところだけになるね」

「ハシゴは、梅の木の側に置いである。使えっ(る)と思うよ」

 梅の木に近づいてみると雑草の中に木製のハシゴが横倒しのままになっていた。樫の木で作られた昔ながらのハシゴだ。梅の木に立てかけて叩いてみる。使えるなと判断した。     

「ハシゴは横倒しにしていてはダメだよ。雨や露に濡れて腐ってしまう。家に持って帰って使う時にまた持ってくるのは無理としても、梅の木に立てかけておいた方が良い。ビニールシートを掛けておけばもっと良いけどね」

「智が少しは気を利かしてそうして呉れれば良いんだけど、さっぱりだ」

 姉は少し声を出して苦笑いをした。

「枝を落とすと、下の里芋の葉を傷つけるね」

仕方(すかだ)()ャ。今年(こどす)ばっかりの事で()ャから、切り落どせるだけ切ってけろ(切て下さい)。母ちゃんも何でこんな高くもなる栗の木を植えたんだが、少す(し)も相談()ャがった」

 枝を切ろうと上を見ると青空が広がる。陽射しは強かった。頭に巻いた手ぬぐいの間から汗が流れる。

 

 簡単な作業だと軽い気持ちでいたけど、ハシゴの上での慣れない枝落しは大変な重労働だった。一時間ばかりの作業になった。終えて家に戻ってきても、ノコギリをひいた腕が硬くなって痛みを感じる。腰も所々に張りを感じる。姉が収穫した茄子もキュウリもトマトも良く育っていたけど、収穫のタイミングを外れたキュウリは長さ三十センチを超え太さも直径五センチにもなっていた。見ると腕時計は午後二時半を回っている。

「三、四十分、昼寝をするよ。起きてこないようだったら三時半には起こしてくれ」

 姉に頼んで二階に上がった。

 

「母ちゃん達は?、智兄は行かない?」。

 私の誘いに姉は後でユックリ母ちゃんを連れて自家用車(くるま)で行って見っ(見る)から自分だけ先に行けと言う。夕食は六時だよと念を押された。

 第二十九回藤沢野焼き祭会場と書かれた三メートルほどの高さの立看が国道四百五十六号線沿いに建てられていた。腕時計は三時五十分を指している。目の前のコンクリートの中学校は少子化から町内にあった六つの中学校を統合して造られたものだ。自分が通った木造の中学校でも場所でもない。子供達は今はスクールバスを利用していると聞いている。

 グランドを利用した特設会場の周りはピーピーと音がして、車や人を誘導する整理員の大きな声が混じる。車で来る人に交じって私のように歩いて来る人もいる。会場周辺は大いに混雑していた。

 周りはまだ明るい。遠くに鱗雲が浮いていた。早いな、もう秋が近いのかと思いながら会場入り口近くで配る人の渡す「縄文の炎」と表紙にあるPR冊子を貰った。

 歩き出すと、千田君、千田君と後ろから声が掛かった。冊子を手渡してくれた彼だった。

「俺だよ、俺、俺、及川だよ」

消防団の法被(はっぴ)を着て腰にベルトを巻き、団員の帽子を被っていた。

「健三君?」

「そう、俺だよ」

「いやー、久しぶりだね。その格好だと気付かなかった。厄払いの同級会の時以来だね」

「そうなっペ。四十二(歳)の時以来だがら十五年になっぺ。変わんねャな。俺は仁志君だとすぐ分かったよ」

「今日は消防団?」

「んだ。何時(いづ)来た?。この野焼き祭りに合わせて来たの?」

「いや、ちょっとお袋のことで用事が有ってね、昨日来た。休みが取れるのはこの時しか無くて来たけど、たまたま野焼き祭りだって知った。火入れ式とかポスターにあったけど前には見たことが無いん(の)でね。見てみようと思って来た」

何処(どご)でも年寄りばかり(のご)っていっ(る)からなァ。人も変わったけど田舎も変わってしまった。

七夕祭りも盆踊りもお神楽(かぐら)も無ぐなって、お盆に帰省していた(ひと)(たづ(ち))も田舎がら遠くなってす(し)まった。

 だどもこの祭りが今じゃ人を呼ぶ田舎で一番(いず(ち)ばん)の行事だ。丁度良い時に来たんだからゆっくり見てってけろ(見てって下さい)」。

「有り難う。仕事じゃ立ち話もろくに出来ないけど、身体に気を付けて」

 頷いて手を振る彼を後にすると、心の中で、これだけでも来て良かったと思う。

 

 会場入り口に立つと、冊子の会場案内図を見ながら場内を見渡した。私の横を多くの人が通る。半袖にラフな格好の者に浴衣姿の男女も混じる。お年寄りも多くいたけど意外なほどに若者が目立った。

 入り口の右側に消防団の詰め所が有った。その先にはコの字にグランドを囲むようにして町村合併前の村々の名が入った各自治区のテントが張られていた。その各テントの前には窯が拵えられて有り、既に何やら燃えている。

 障害者施設や藤沢病院、藤沢中学校など団体のテントも窯も並んでいた。会場入り口とちょうど反対側の正面には町の外から作品を出品した人のためのテントも窯も設けられていた。その横には来賓、審査員等のゲストに当てられたテントと、祭り実行委員会本部と看板の立つテントが見える。

 住民も出品作品数も多い地区はテントの数も窯の数も複数になっている。目に見える窯の数をかぞえて見たら十六基にもなった。冊子を見ると窯の形状を表わす図が載っていた。窯は低地が五十センチ程盛り上げられていて、出品作品を並べる空間が深さ約六、七十センチ、幅約三メートル、長さ約七メートル、屋根無しとある。その土手の四隅と中央部の左右には十センチぐらいの隙間が切られている。空気を送る穴と表示されていた。

 

 午後一時から作品の受付開始とある。焼かれる作品の一部が既に窯の中に並べられているらしい。

左側に目をやると、グランドを巻くように売店ブースがカーブを描いて軒を連ねている。その先にはイベント用の特設舞台が設営されていた。舞台の左右には鉄パイプで組まれた櫓が有り音響装置や照明機材が据え付けられている。右のテントの周りも左の売店でも多くの人が忙しそうに動き廻っている。

 グランドの真ん中に進み、五メートル程の高さにも積み上げられている木材の櫓の前に立ってみた。太さ二十センチは優にあるだろう。長さも三、四メートルはありそうだ。六角井桁に十数段に積み上げられたその木材の中に、製材の際に出るバタ材と呼ばれる杉や松の木等の切れ端が小山のように積まれてある。燃え出す前のこの仕掛けを見るのは初めてだ。

 

【付録】

 第46回藤沢野焼き祭、高校生の陶器作品を対象とした「熱陶甲子園 In fujisawa」は、2023年8月12(土),13(日)に開催されます。詳しくはインターネットでどうぞ。