(サイカチ物語・第8章・遂志・12)
ジューンブライトを希望したのは梨花さんだ。新婚旅行は私よりも彼女の勤務の関係で生徒が夏休み期間に入るまでお預けだ。行き先は検討しているけど、まだ決めていない。
西東京市にあるM大学の教育学部に進んだ彼女は、小、中、高の教員免許を取った。専門科目が化学というのは私には驚きだった。高校時代に化学の教材らしいものが十分に揃っていない高校だっただけに、何処で彼女が化学に興味を持ち、どのように勉強したのか私は今も聞いてはいない。
先生になるのに、小、中、高のどれを選ぶか迷ったと言っていたけど、先に先生として活躍していた先輩のアドバイスから彼女が選択したのは小学校の教諭の道だった。かつて学校新聞最終号に載った彼女の将来の夢、目標を達成している。勿論、問われる教師生活の充実はこれからだろう。
新居を所沢市としたのは市内にある小学校の先生をしている彼女の負担を少しでも軽くできればと考えてのことだ。己が薄給の身ゆえ共稼ぎとならざるを得ない。
私は大学卒業後も引き続き五年間同じ大学の大学院に学び、この四月から助教として大学教員の道を歩み始めた。これまでの間、私的な部分で精神的に一番支えてくれたのは梨花さんだ。大学院に進む時や後期大学院で専門的な研究と博士号を取るための論文作成に没頭すればするほど、果たして自分に出来るだろうかと不安が募った。そんなときに身近に居て励ましてくれたのは彼女だ。
いつしか恋人同士といえる関係になって、初めて彼女の育った家庭環境の事も知った。同じ町内に育ち、同じ小、中、高に通いながら知らなかった。彼女は三歳でご両親を交通事故で亡くし、祖父一人の手で育てられていた。私は東京に来て、彼女と度々会うようになって、彼女の口からそれを知った。
四年前の夏にその祖父をも癌で失っている。今、彼女が高校まで育った家は空き家だ。
町に有る唯一の小さな会館で挙げる私達の結婚式と披露宴は参列者二十五人の小さなものだ。父母の意見もあって、父が特に懇意にしている方と、向こう三軒両隣りのご近所の方々に参列して貰うことにしたけど、参列者の殆どが私と梨花さんのこの町とその周辺に住む親戚だ。
二人の友人は、司会を務めてくれる及川君と千葉さん、それに獣医の資格を取り酪農を勉強中で北海道から駆けつけてくれるという佐々木愛さん。地元に残って酪農に従事している千葉哲君だけにした。
東京に帰ると、七月二日の日曜日に結婚披露宴が待っている。私の所属する研究室の親しい仲間や准教授や教授、梨花さんの勤める小学校の同僚、校長先生等に出席をお願いした。その池袋にあるT方会館での司会も及川君と千葉さんがしてくれる事になっている。
両親が参列する予定だけど田舎の方の親戚は参加しない。東京近県に住む二人の親戚と親しい友人を招待させて頂いた。ニューイヤー駅伝と呼ばれる全日本実業団対抗駅伝競走に狭山市H自動車所属で出てくる佐藤浩君や、落語家の二つ目に昇格している元ちゃんこと、今は東京の練馬区に住む古今亭笑菊さんからも出席すると返事をいただいている。
司会役を受けて呉れた及川君は医師になって三年になる。自治医科大学に学び、いずれは岩手県に帰り地域医療の担い手になるだろう。私達の結婚式の打ち合わせのために大宮駅近くの喫茶店で会ったとき、今は栃木県下野市にある自治医科大学付属病院と埼玉県の大宮市にある自治医科大学付属さいたま医療センターで診療経験を積んでいると近況を語って呉れた。