(サイカチ物語・第7章・旅立ち・15)

 

 明日から三連休。

「火曜日は修了式だけだから授業は今日だけだね。嬉しい」。

 何が嬉しいのか、母に向かってそう言って由美が先に家を出た。

 壁の暦に目をやった。十二月二十一日、金曜日か。二十五日はクリスマス。修了式。それで今年も終わりだと思った。食卓テーブルの先に見える出窓に目をやると、朝から陽は出ているけど寒い一日になりそうだ。北風が窓をかすかに揺らしている。

 

 午後、五時限目は数学の時間だ。岩城先生が数学担当の富沢先生と一緒に教室に来た。何故?、どうして?。岩城先生が着席している俺達に告げた。

「今日、午前七時二十五分。佐藤美希さんがお亡くなりになりました。ご家族から先程連絡がありました。通夜、告別式等はまだ決まっておらず未定だそうです」。

 教室はたちまちざわつく。泣き出す女生徒もいる。俺も途中からは岩城先生の口先だけを見ていた。

「授業の始まる前に、これから一分間、黙祷を捧げたいと思います。全員起立」。

 言う岩城先生の声が少し震えている。ざわついていた生徒が一瞬にして静まったけど誰かのすすり泣く声が聞こえる。

先生は皆が立ち上がったのを確認した。富沢先生も岩城先生も黒板に向かって固まった。

「黙祷」。

 岩城先生の声が、今度は凛として大きかった。

 黙祷が終わると富沢先生が言った。

「授業に集中出来る状態では無いと思うので、十分間、自由に話し合いなさい。十分後にまた来る。それから授業に入ります」。

 岩城先生が気持ちをしっかり持って十分間の間に心を静めて下さいと加えた。今度は静かな小さな声だった。

 先生二人が退出しても教室は黙祷の後から続いて静かなままだ。生徒仲間にも美希の死が予測されていたのだろうか。女生徒のすすり泣く声だけが大きく聞こえる。

及川が朝から居なかった理由が分った。欠席届が出されているだろう。教室のあちこちで二、三人が集まって話している。京子と梨花が俺の所に来た。梨花が頬を伝う涙を拭きながら聞いてきた。

「美希ちゃんがこんなに悪かったって、知ってたの?」。

「知らない。美希が再入院したろう。あの日の後、十日経って俺の父に今後起こりうることを聞かされたけど、信じたくなかった。こんなに早く亡くなるなんて俺だって信じられない」。

京子が涙の止まらない目にハンカチを当てながら言う。

一昨日(おとつい)会ったばかりなのに・・、美希ちゃんの遺体は何処にあるんだろう」。

「もう病院には無いと思う。この時間だと納棺されて自宅に帰っていると思う」。

二人の質問に応えながら、医者の子だからされている質問なのだろうかと、妙に余計に神妙な気持ちになる。

 十分が二十分経っても富沢先生は来なかった。授業が始まっても生徒はみな授業に集中しなかったと思う。授業は出来なかったと思う。教室全体が静かに沈んだままだ。時折、誰かの声が高かったり、すすり泣きが聞こえた。京子も梨花も俺も何が何だか分らないまま五時限目が終わった。

 

 星校長の六時限目の社会、公民の時間も、七時限目の細川先生の英語の時間も俺は授業が耳に入らなかった。皆も同じだったろう。元気な頃の美希の事を思い出しもしたけど及川の事がズーッと気になる。

 七時限目が終わると、それを待っていたかのように細川先生に代わって岩城先生がすぐに教室に入ってきた。俺達生徒に向かって静かに聞くようにと、帰り支度の生徒のざわめきを抑えた。

「佐藤美希さんの通夜は今日、夕方六時からご自宅で行なわれる。告別式は明日、二十二日土曜日、午前十一時から大籠地区にある藤沢町郷土文化保存伝習館で行なわれる。所在地、行き方、連絡先等は黒板に貼り紙を出しておくので各自確認してください。

それから、高橋梨花さん、千葉京子さん、熊谷準君の三人はすぐ職員室に来て下さい。以上」。

 

 俺達三人は職員室に揃って行った。先生は言った。

「美希さんと親しかった君達三人の中から、友として同級生として佐藤美希さんを送る言葉、弔辞を捧げる人を決めたい」。

「梨花さんが良いと思います。小学校の時からずっと仲が良かったから」。

 即座に俺が推薦した。梨花がまた流れ出した涙をハンカチで抑えながら、声に出して、はい、と応えた。京子が側で頷いた。

「自分の言葉で、自分なりの弔辞でいいからね」。

 返事をした梨花さんが事前に先生に見て貰いますと言うと、先生は、いや自分の気持ちで良いし、私のチエックは要らないと言った。ただ、美希さんにお別れの言葉を掛けたいのは生徒全員だと思うので、友達を代表するという一文は考慮して欲しいと言った。

 職員室を出ると、俺達三人は今日の通夜に一緒に行こうと決めた。バイクにするかタクシーで行くかで話し合ったけど、時間の自由が効くのはバイクだと、それぞれのバイクを運転して行くことにした。その時刻に大籠地区に行くバスはあっても町に帰ってくるバスは無い。美希の家までの道のりは今月初めにお見舞いに行ったことで分っている。

 それぞれが一旦家に帰って、午後五時半に俺が梨花の家に寄り、その後で京子の家に寄ることにした。