(サイカチ物語・第7章・旅立ち・14)

 

                五

 今日、十九日の水曜日。部活と言うことで及川と京子と俺は教室に残った。事務室から渡された藤高新聞のゲラ刷りは発行日が平成二十年二月一日となっている。年内あるいは正月早々に刷り上げて二月一日以降に配布するらしい。

 美希の将来の夢、目標欄は絵本作家に変っている。しかし、俺の頭の中には、私の夢、天国で俊ちゃんの赤ちゃんを産むこと、と美希が日記に書いていた二行が浮かぶ。側でゲラ刷りに目を通す及川の顔は青白く見え頬がこけ、疲れているようにも見える。  

 及川は美希の日記の事を知っているのだろうか。俺は言えない、聞けない。及川も美希も可哀相で悲しくなる。  

 ゲラ刷りは特に俺達三人が注文を付けるようなことも無い。岩城先生を通じて事務室に問題有りませんと報告することにした。職員室の岩城先生の所に三人で行った。

 

 自席に座っていた先生が言う。

「これで新聞部の活動も実質、終わりだな。三年間、至らない私と付合ってくれて有り難う」。

 俺達は立ったまま、有難うございましたと揃って頭を下げた。

「ところで、三人は美希さんのお見舞いに行ってきたか?」

 俺達三人はそれぞれの近況の行動を語った。

「私自身は十日の月曜日の学校からの帰りに病院に寄せてもらったよ。三日間の指定があったけど、月曜日が大安の日だったんだ。美希さんの健康の回復を願って、あえてその日に行ってきた」。

 

 美希の話が出たからだろう、学校の坂道を下りながら京子が、美希の所に寄って行こうと誘った。急な提案だったけど俺も及川も従った。

 美希はベッドに上半身を起して俺達に笑顔を見せた。だけど力強さが無い。一度咳をしだすと咳が止まらない。明らかに身体が弱っているように見えた。身体に障っては返って迷惑だろうと余り時間を掛けずに、京子に目で合図して帰ることにした。

「俺は、もう少し病室に残るよ」。

 及川が言った。お大事にと言って京子と俺は病院を出た。

 

「二日の日に美希ちゃん家で会った時より、九日の日曜日に梨花ちゃんと一緒に見舞いに来たときより、美希ちゃんまた痩せた。及川君も元気ないよ」。

 京子の言葉に俺はそうだねとしか応えられない。夜の北風が身に刺さる。首に巻いたマフラーを締め直した。二手に分かれる病院前の大通りで俺は分けもなく、じゃあ、また明日と言って手を振った。

 星の輝きは薄く、少なかった。何かを口にすれば、父に教えられたホスピスの話を京子にしそうだった。美希の死期が近いことを口にしそうだった。俺は口にしたくない。末期症状になると腰痛や背部痛が症状として現れ、呼吸困難や胸痛の訴え、血痰が見られると父から聞いている。さっきまでの美希にそのような症状は無かったけど、止らない咳が殊更に気になる。