(サイカチ物語・第7章・旅立ち・13)
そんな馬鹿な、さっきまで病院で見た美希は元気そうに見えた。そう反論したかった。父は黙って頷き、ホスピスというのが有ると言った。
「ここの町民病院にはホスピスの設備が整っていない。大きな病院でもまだ一部の病院しか設備を持っていないのが現実だ。。死期の近い患者さんが覚悟の上でもう治療を止める。痛みを和らげるケアは行なうけど治療はしない。患者本人とその家族周辺が互いに理解し合って決める措置だ。
ホスピスは患者さんが家族と残された時間を濃密に交わる場所だ。一緒に食事を作ることも泊まることも出来る場所だ。患者と家族が寄り添う所だ。つまり、痛み等を和らげながら患者と家族が穏やかに一緒に死期の時を迎える場所として準備されたところがホスピスだ。
その入所している期間は平均して一ヶ月足らずというデータを公表している病院もある。美希さんの場合、そのホスピスになる施設が無いから一時帰宅という事で五日までが準備されたのだろう。
患部から引き起こされる痛みを和らげる薬は在宅療養の五日間分は用意されていたろう。美希さんの家が準達を受入れて呉れたのはそういう意味もある」。
俺は悲しくなった。そんなばかな、と思いながら急に涙が滲んだ。
「あの日は覚悟を決めた日の後の一日だったと言うこと?」。
「残念だけど、そういうことになる。まだ十八歳か、悲しい覚悟だね」。
父は美希さんの誕生日を知らない。俺も美希が十八歳の誕生日を迎えていたのか分らない。だけど、俺が先日十八歳の誕生日を迎えた事から父は美希さんの年齢を推し計った。
「美希さんのお母さん、どんな気持ちでいるかしら。きっと、代われるなら代わってやりたい、そう思っているわね。涙無しで日を送れないんじゃない」。
母が言う。三人に沈黙の時が流れた。
そこに由美の声が響いた。友達の所に行ってくると出かけていたから気分が良いのだろう。父母と俺が居た食卓の側に来てコートを脱ぎながら、沈んでいた空気を察したらしい。
「どうしたの」。
「何でも無いよ。借りた絵、美希さんにちゃんと届けてきたよ」。
由美と目を合せることなく、席を立って二階の自分の部屋に向かった。
机を前に座ると涙が出た。父から教えられたばかりのホスピスの続きが美希の病室を中心に実行されていることになる。及川も知っているのだろうか。いや、病院の食堂はいつも大盛を頼む、あの言い方だ。ホスピスの実践を知らないのだろう。俺と同じでそもそもホスピスという言葉さえ知らないのだろう。美希の妊娠は・・・。そう思うと、余計に涙が止まらない。
思えば、十二月六日、木曜日だった。美希が再入院した翌日、俺達生徒仲間は金、土、日の三日間に日を区切って見舞いが許された。岩城先生が、ご両親から見舞いに来て貰えれば美希も元気が出るし、美希も皆さんにお会いしたいと言っているので病室を訪問するのは構いませんと連絡があった、と俺達に伝えた。
あの日、授業の合間に俺と及川が話している所に京子と梨花が寄って来た。この間は美希ん家に押しかけたけど、今度は学校の帰りに顔を出せるね、良かったと喜び、学校の帰りに寄ってみようかしらと、早速半分は誘いだった。及川は用事があって今日明日はダメだと言い、俺もちょっと用事がある、土曜日の午後に行くかも知れないと言った。京子と梨花は俺の話には乗らなかった。美希にまた会えるって良い、と言って離れた。
俺は特に用事があったわけでは無い。ただ勉強のリズムを崩したくなかった。土、日の昼の時間帯にきっと休憩を取りたくなる時間が有る、その時にお見舞いに行こうと思っただけだ。実際、八日の土曜日の午後二時半頃に病室を訪問した。そのときには病室に美希一人だけだったけど元気そうだった。
京子と梨花は九日の日曜日に一緒にお見舞いに行ってきたと後で知った。三日間の間に美希とよさこいソーランを一緒に踊った仲間や落語家を目指す元ちゃん、陸上部の佐藤、野球部のキャプテン哲もお見舞いに行ってきたと言った。
生徒仲間がお見舞いに行ってきた後の数日間は、顔色が良かったねとか、笑顔を見せていたとか美希に関する声が教室の中で多く聞かれた。顔が小さくなったとか、痩せたと言う言葉も聞かれた。そういう声を聞く及川の気持ちはどんなだったろう。今思うと、俺が休み時間に声を掛けても心は外にあるという時があった。及川は今、受験勉強どころではないだろう。