(サイカチ物語・第7章・旅立ち・10)
「京子ちゃん、梨花ちゃん、悪いけどコーヒーカップと小皿を下げてくれない」。
俺も及川も皆が協力して、美希と京子の間に置いていた角盆にコーヒーカップもフオークも小皿も片付けた。梨花が汚れを確認するようにして、背伸びしながら柾目の卓上をテッシュで拭いた。
紙袋から出された絵は、縦に三十センチ、横に二十五センチ程の色紙大だ。二枚とも別々にセロファンと白い厚手の和紙に包まれていて大切に保管されているのが分る。それをそのまま美希さんは最初に俺に寄越した。
「観て良い?」。
美希は声を出さずに、黙って首を縦に振った。
「水仙のある母子像」と書かれた和紙を開いた。水仙の中に、あどけない目をした赤ちゃんを胸に抱いて優しい眼差しで見つめる母親の絵だ。何故かわからない。心が洗われるような気がする。及川が俺の方に顔を寄せたので二人で観るようにした。及川も初めて見るものらしかった。緊張したような顔をしている。
待ちきれないかのように京子が座卓越しに手を出した。
「ね、見せて」。
渡すと、梨花も頭を寄せた。
「素敵」。
梨花の言葉に京子が声も無く頷いた。
もう一枚は指切りをする子供の絵だ。仲良しの男の子と女の子が草花の中で向かい会って何やら約束の指切りをしている。見る俺も素直になれるような絵だ。梨花も京子も、見せて、とまた急かした。及川が何故かボーッツとしている。
梨花が、二枚の絵を和紙に丁寧に包み直して美希に返した。言葉を添えた。
「凄い、欲しくなる絵ね」。
「見ているだけで心が洗われるね」。
京子が付け加えた。美希はそれをビニールのかかった水色の紙袋に戻すと、改めて俺に寄越した。
「有り難う。大切に扱うように妹に言うよ」。
それを機会に俺はそろそろお暇しようと誰の顔も見ずに言った。
俺の腕時計は三時に少し前だ。誰かが言わないとこの後も話が途切れそうにない。座椅子に座ったままの格好が美希の身体に負担がどれくらいなのか分らない。時間を切ろうと思った。及川が黙ったまま頷いた。
美希のお父さんのお言葉に甘えて、家の中の土間でそれぞれが防寒着を着た。外に出ると、頬に外気が冷たい。天気が悪いせいもある、午後も三時半前なのに周りは薄暗い。及川はこの後、もう少し残ると言う。見送りに出た美希に梨花の言葉だ。
「また元気で学校で会おうね」。
京子も俺も口々に再会を約束した。俺達はヘルメットを被り、手袋をして坂を下った。
県道に出るとエンジンを掛けたままバイクを一旦停めた。三人で振り返った。及川は美希に寄り添うように立っていた。美希も及川も、俺達三人も互いに手を振った。
妹のために借りた絵は紙袋に入れたまま大きめの平たい段ボール箱に入れた。絵に傷が付かないようにしてバイクの後尾に括り付けてある。
夕食が終わった後、俺は食卓の上が片付けられたのを確認して母と由美に借りてきた絵を披露した。二人は並んで一緒に絵を手にして、感嘆の声を上げた。優しさの溢れた水仙のある母子像に、指切りする子供の絵に見入った。
篤は勉強の区切りが良いところで夕食にするのだろう、まだ自分の部屋のままだ。父は所用があって仙台に出かけ、まだ帰宅していない。