(サイカチ物語・第7章・旅立ち・9)

 

「及川君、ご飯足りないでしょう?」。

 途中、京子が及川に聞き、熊谷君は?と俺にも聞いて、ご飯の追加を頼みに隣の部屋に立って行った。 

 戻ってきた京子の両手の皿にまた笑いが起きた。片方の皿に盛られたご飯の量より、もう一方の皿には間違い無く倍の量が盛られていた。

「皆食べてよ」。

 京子の一言が添えられた。及川が笑いながら、軽い軽いと言い、美希の顔をみていただきますと受け取った皿を軽く持ち上げた。皆の顔にまた笑みがこぼれた。

 

 美味しかったー、満足した俺達は梨花の一言に黙って頷いた。皿の上は全員、綺麗に食べられていた。美希の目の前の皿を見ながら、良かったと思った。

 食事が終わって後片付けを京子と梨花が手伝うと、座卓の上は急に淋しくなった感じがした。座卓の柾目がいやに目に付く。

美希が、お茶にする?コーヒーにする?。皆が席に座って落ち着くと聞いた。

「やっぱりコーヒーね。この際、図々しく小母さんに頼むね」。

そう言って京子が隣の部屋に立って行った。梨花も追いかけて行った。

 

 三人になると、美希が言った。

「そうそう、文化祭の時に熊谷君の妹さんに、いわさきちひろの絵を見せて欲しいって頼まれたの。及川君の妹の明子ちゃんのお友達なのね」。

「うん、友達というか、学年が一個違う。テニス部の先輩後輩だって。及川の妹の明子さんの方が一個上。聞いて、是非見たいとなったみたいで、文化祭の終わった日の夜、妹が見せて貰う事になったって喜んでた」。

「それでお願いなんだけど、今、持ってくるから今日帰る時に忘れずに持って行って。返すのは、勿論、また次の機会で良いから」。

 美希は座椅子から立ち上がった。昼食の準備の時、立ち上がるときに見せた顔の歪みは今度はなかった。美希は及川と俺の後ろを通り、書院の左横の障子を開けて廊下に出て行った。障子超しに廊下を右に行くのが分った。

 コーヒーカップとスプーンの載った角盆を京子が持ち、角砂糖の入った器とクリープの瓶を手に梨花が戻ってきた。

京子が、手にした箱の包みをかざして俺に聞いた。

「これ、今たべる?。食事終わったばかりだけど」

「何それ?」

及川の声が先だった。

「ケーキ。お茶の時間にと思って、個人的に青木屋さんで買ってきたの」。

「良いね。別腹だよ。食べよう」。

 紙製の手提げ袋が膨らんでいたのは寄せ書きの色紙と一緒にそのケーキのためだった。京子と梨花が小皿とフオークを借りに、ケーキの入った箱を持ってまた席を立った。美希のご両親の分もあるのかなって、俺は一瞬気になった。

 

 美希が薄い水色の地にビニールのかかった紙袋を持ってきた。座ると、言った。

「コーヒーを飲み終わってから渡すね」。

「美希ちゃん、これ、ケーキ買ってきたの」。

 そう言いながら、京子がまた五つの小皿に乗ったショートケーキを角盆に乗せて運んできた。板戸を閉めて後に続いた梨花が、小父さん小母さんの分は置いてきたと言う。

 

 コーヒーを飲み、ケーキを食べながら俺達五人は午前中にしたキャンプの話や文化祭の話にまた話題が飛んだ。そして、三ヶ月余りになった高校生活に、卒業したらどうなるんだろうと、当然のように話になった。

及川は歴史文学の勉強に、京子は看護師に夢を語った。梨花が小学校の先生になる希望を持っていることを俺は初めて知った。熊谷はやっぱり医者だろう、岩手大学医学部だろうと皆が口を揃えた。

「美希は絵本作家よね。誰か目標になる作家っているの?」。

 京子が美希に話を振った。学校新聞に載せる美希のアンケートの回答を念頭に置いた質問だ。ニコニコして聞いていることが多かった美希が応えた。

「私があこがれる絵本作家は、いわさきちひろさんです」。

京子も梨花も知らない名前だったみたいだ。

「今ここに、いわさきさんの絵があるの。熊谷君の妹さんに見せて欲しいって及川君の妹さんを通じて頼まれたの。それで熊谷君に今日持って行って貰おうと思って、さっき持ってきた。見てみる?」。

「見る、見る」。

京子も梨花も当然のように返事をした。