(サイカチ物語・第7章・旅立ち・6)
「私ここ」。
美希がそう言って俺達が通ってきた居間と座敷を仕切る板戸を背にして座った。それを見て、横に長い座卓の美希さんの左隣に及川が席を取った。俺が及川の左隣に並んで座った。俺の正面に見える床の間を背にして美希の右隣に京子、並んで梨花が座ることになった。俺の後ろには障子の真ん中に嵌められたガラス越しに通ってきた廊下と庭が見える。
廊下側の端の隅の壁にあるエアコンが部屋を暖めていた。それでも部屋が大きくて暖を取りにくいと思ってのことだろう、石油ストーブが一つ、エアコンと対角線になる襖と書院の前の隅に置かれ、赤く照っている。
俺達五人が座卓周りに座ると、引き戸式の板戸が開いた。美希のお母さんが紅茶を淹れたカップを角盆に乗せて持ってきた。美希の後ろが通ってきた居間であり台所に続いているらしい。京子と梨花が有り難う御座いますと言いながら手伝って各自の前にカップを配った。美希は笑顔を見せているけど、玄関口に俺達を迎えたときの言葉と京子と梨花の手を握った外に言葉も動作も少なく所作が緩慢に見えた。
美希のお父さんも板戸から座敷に入ってきた。ご両親は美希の右側に揃って正座した。そして、小父さんが挨拶をした。
「寒いところ出かけていただいて有り難う御座います。お時間の許す限り、美希と遊んでやって下さい」。
俺達の方が恐縮した。俺はちょっと戸惑ってすぐには声が出なかった。京子だ。
「皆が美希ちゃんに会いたかったから押し寄せてきました。美希ちゃんの顔を見て安心しました。お邪魔かも知れませんけど、しばらくお世話になります」。
何時も物怖じしない度胸のある京子と思ってはいたけど、ここでも、スッと出る言葉に俺は感心した。
京子が、梨花との間に置いていたイチゴの包みを小父さんの方に差し出して言葉を添えた。
「皆の気持ちで、胡蝶蘭とイチゴを持って来ました。美希ちゃんのイメージから花を何にしようかって話し合って胡蝶蘭を選びました」。
その言葉に合せて、俺は及川との間に置いていた段ボールを開けた。五本立ての胡蝶蘭を取り出し、美希の目の前に運んだ。白い胡蝶蘭は皆の目にも綺麗だ。
「綺麗、有り難う」。
美希の声のトーンが上がった。
「ありがとうございます」。
ご両親のお礼の言葉だ。
「花言葉は蝶が舞うように、『幸福が飛んでくる』です」。
京子の説明だ。小母さんが顔を横にすると席を立つのが早かった。
「ユックリしていって下さい」。
それだけ言うと、釣られるように小父さんが角盆だけを手にして席を立った。美希は、ご両親が退席した後も白い胡蝶蘭の花弁に手を出しながら微笑んでいる。
「もう一つ。これね。皆が美希ちゃんの回復を願って寄せ書きしたの」。
京子が、そう言って紙袋から色紙を出した。色紙の真ん中にハートマークが大きく書かれ、その真ん中に「祈・健康・勝つ」と横に太字が並び、その回りに皆の思い思いの言葉が添えられて名前が書かれてある。岩城先生も参加していた。待っているよ、って添え書きされている。
「有り難う。部屋に飾って側に置くね」。
美希はそれだけ言うと笑みを作った。色紙を前にもう少し皆の話が弾むかと思ったけどそれが無かった。
ご両親が出入りした板戸は年季の入った黒い引き戸だった。その板戸の横手前が畳二畳分程の板の間になっている。机の上にパソコンが置かれてある。俺は紅茶を一口啜って、及川の肩越しにパソコンとコピー機を見ながら聞いた。
「あそこにあるパソコン。あれでキャンプ巡りの計画を立てたの?」
及川が置かれている方を見ながら、そうと言い、美希さんも左目に後ろを振り向いたけど、すぐ顔を元に戻した。