(サイカチ物語・第7章・旅立ち・5)

 

 十二月二日、日曜日。曇り空の上に雨が降り出しそうな空だ。約束の午前十一時に間に合うように同じ町内に住む梨花が俺の所に寄り、俺と梨花が大籠地区に向かう道路沿いの京子ん家に寄ることにしていた。

 京子ん家の千葉酒店前から及川の携帯にメールした。到着時刻を見計らって、美希ん家に続く坂下の県道で及川が待っていてくれる事になった。

 俺が先頭に立ち、京子、梨花の車列だ。セローの後ろには段ボールに入った花を括り付けてある。実が小さくてどうしようかと迷った末に購入したイチゴは梨花のカブの後だ。 街中から続く岩手県交通大籠線のバス通り一本道を行けば良いのだ。

 及川は、大籠教会前のバス停と教会が目印で、それを過ぎて次ぎのバス停の農協の手前を左に曲がってすぐの坂の上の家だと言っていた。宮城県との県境に近い。美希の家を訪ねるのは、俺も京子も梨花も初めてだ。

 

 農家でもある大きな家屋敷だ。自家用車やトラクター等の出入りがあるからだろう、県道から外れて美希ん家に続く坂道は幅が一間半は優にある。及川の先導でゆっくりと三十メートル程上った。広い庭が有り、右側の一番手前に及川のPCXが停めて有った。その奥にタウンエースとカローラが並んである。俺達三人は及川のバイクに並べて駐輪した。

 及川が押したチャイムに応えて出てきたのは美希だった。玄関を内に入って、京子も梨花もそのまま美希の手を握って再会を喜んだ。その光景を目の片隅に置きながら見た土間のある造りに驚いた。玄関口から土間が大きく広がり、奥まって板の間が一段高く造られてある。地面から四、五十センチはあるだろう。俺はこのような造作の家を今まで見たことがない。

 美希のご両親は、態々(わざわざ)土間に降り立って俺達を迎えてくれた。立ったまま三人揃って美希のご両親に挨拶をして、自己紹介をした。俺の手には段ボールに入った胡蝶蘭、梨花の手には包装されたイチゴがそのままだ。京子が持つ紙袋の中には同級生三十七人の皆が書いた寄せ書きの色紙が入っている。

 

 美希と及川に案内されるまま十五センチ程の高さの昇降口から板の間を通り、ドアを開けて一旦廊下に出た。すぐ右側の障子を開け、座敷に案内されてまた驚かされた。正面に一間半の幅の床の間。その右に違い棚のある脇床、そして天袋のある襖が左右に続く大きな和室だ。縁側に続くのだろう左奥の隅に書院も造り付けられていた。

 及川とキャンプの打ち合わせをした時に、聞かされて美希ん家の座敷を想像した事があったけど、二十畳もある純和風の民家の部屋を見るのは俺はこの町では初めてだ。

 京子も梨花も座敷の広さと造作に目を見張った。

「床の間は今でもよその家に見られるけど、違い棚や書院のあるとこって修学旅行で見た京都のお屋敷以外見たこと無いもんね」。

「天袋に襖って、まさに日本家屋よね。今こういう床の間、違い棚、書院造りにしたら相当お金がかかる」。

立ったままの会話に京子の金目の評価が入った。

「由緒あるお(うち)って感じ。時代が時代なら美希ちゃん、お姫様だったかもね。私達は差し詰め下々ってとこね」。

美希を振り返って、梨花が良く分らないことを言いだした。美希が微笑んだ。

 一通り、見たままの座敷の評価をした二人は、座敷の真ん中に置かれた厚み十センチぐらい、長さ一間(百八十センチ)、幅九十センチ高さ四十五センチ程の座卓に、どう座ろうかって言った。座椅子と座布団が五組置かれていた。