(サイカチ物語・第6章・文化祭・23)

 

 家に着いたのが五時半近かった。先に帰っていた母が俺の姿を見つけると言った。対面式のキッチンからだ。

「夕食の準備に余り時間がなかったし、準の文化祭成功を祝って今日はお寿司にした。出前を頼んだわよ」。

 学校で見た和服姿では無い。もう普段着に前掛をしている。たけど、何時もより濃いめの化粧のままの顔だ。

「六時頃、寿司が届き次第、夕食ね。今、汁物と付合わせのサラダを作っているの」。

 由美が母と一緒にキッチンに立っていた。居間のソファーで新聞を読んでいた父に帰った事を告げ、今日は有り難う御座いましたと言った。

「うん。後で・・・」。

 返事がかえってきたけど、後でが何を意味するのか聞かずに二階に向かった。

 二階の自分の部屋に入って、着の身着のままベッドに転がった。天井を見ながら改めてこの二日間の文化祭の展示物をめぐる動向を思い出してみた。岩城先生に良く出来ているといただいた言葉。生徒仲間の驚きや感想。校長や教頭等先生方の動き。及川や美希のご両親の来場。展示物の前に出来た来場者の人だかり。町の人々から掛けられた声。笑いを作りながら観て歩くゲンちゃん。京子のお父さんの注文。観覧する愛のお母さん。高橋先生、先生の感想。それらを思い出しながら、さっきまで一緒に居た梨花のご家族の来場が無かった事に気づいた。

 気づかなかっただけで、どの時間かに観に来ていたのだろう。第一、俺自身が梨花のご家族の顔を知らない。気づくはずも無い。また梨花からご家族の来場について何も聞いても居なかった。

 

 由美が食事を伝えに来た。午後六時十分を回っている。篤にも声を掛けているのが聞こえた。一階に下りると、食卓の椅子に既に父が座り、家族が揃うのを待っていた。

 注文して取った五人前の寿司の大皿に、母の手作りのお稲荷と唐揚げが二つの中皿に盛られてある。唐揚げは父も俺も篤も大好物だ。ハマグリのお吸い物とサラダが添えられてある。来客が居る時の食事は私語禁止を言いつける父だけど、普段は話ながらの食事を認めている。父は原則、晩酌をしない。診療の曜日と時刻を表の看板に掲示していても患者さんはいつ来るか分らないし、また何時呼び出されるかも分らない。酒気を帯びて診療することは出来ない。それが何時か口にした父の考えだった。

 

 しかし、珍しく今日は熱燗を口にした。

「文化祭にどれくらいの人が来た?、準の展示物を観てくれた人は?」。

 統計を取っていなかった。そう答えて、それからその理由を言った。

「展示したのが廊下で、廊下を行き来する人が必ずしも展示物を観たと数えられない。奥にある寄席教室までの間だけを往復する人がいる。記帳して貰うことも考えたけど、初日にそうしなかった。結局、不正確な統計数字になるからって五人で話し合って観てくれた人、読んでくれた人の数字の把握は諦めた」。

「五人というのは?」。

「作成に関わった及川俊明、千葉京子、高橋梨花、佐藤美希に俺。古城巡りでキャンプに行った仲間。及川俊明はお父さん知ってるよね。今日、会場でも紹介したけど野焼き祭りの時にバタ材燃やしを手伝ってくれていたのが及川。お父さんと面と向かって会っていないけど、及川は今までにも我が家に、俺に付き合って何回か来てる」。