(サイカチ物語・第6章・文化祭・21)

 

 ゲンちゃんの古典落語は堂に入った物だ。客をぐるりと見渡し、毎度馬鹿馬鹿しいお笑いを一席、と言いながら言った。

「馬鹿馬鹿しいお話なんて自分から言っちゃあいけませんよ。わざわざお聞きに来られた方に、聞くあなたも馬鹿だと言ってるようにも聞こえる。

 阿波踊りじゃーないんだから、聞きに来る人を、同じ阿呆ならって馬鹿と言っちゃいけません、あたしが馬鹿でも同類に扱っちゃあいけません。

 阿波踊りが同じ阿呆なら踊らにゃ損々てー、はい、こっちは聞かなきゃ損々なんてーええ、これだけは当たっている」。

 話の入りも彼の考えた独自の物と聞いている。聞いていて楽しくなった。椅子席四十人定員だという今日の席は埋まっていた。一杯だった。教室の後ろの隅に荷物の置き場用に机が並べられていたけど、そこに腰を寄りかけて立ち見の方が居るほどだった。ゲンちゃんの話術と仕草に笑いの渦が大きかった。

 

 寄席教室を出た。腕時計を見た。

「有難う。面白かったよ。食事、行って来いよ」

 及川と美希に昼食を先に摂るよう勧めた。間もなく俺の父が来る予定だと付け加えた。

 父が自分から口にした約束の時間だけど、姿は見えない。父が母や俺との約束時間を破ることに今は慣れている。父の仕事の関係がそうさせている。患者さんが途切れなかったか、緊急の用事があったのだろう。

 小学校高学年までは約束を破る父が許せなかった。しかし、小学六年生の社会科の時間だった。私のお父さんというテーマで生徒が自分の父を見つめるという授業があった。その時、初めて父の仕事内容と、患者さんに真剣に向き合い、家族と約束した時間を守ろうとして守れない父の立場を知った。以来、父との時間の約束はあっても無いものと割り切って考えている。父の職業が人のために尽くしている、母や俺との約束の時間を破っても尊敬できると知って許せる。 

 

 腕時計は間もなく午後二時半になる。二人が戻って来た。二日続きのおにぎりと豚汁を食べに行くことにした。及川が俺の父を見掛けたら呼びに行くよと言ってくれた。高橋先生が美希と何か話し始めた。先生は引き続き長い時間観覧して呉れている。

 結局、父が二階に姿を見せたのは俺が二階に戻って間もなく、二時五十分過ぎだ。展示物の前に立つ人が減り始めている。父に付き添うようにすると、父は笑顔を見せながら、俺の事は良いから自分の持ち場に戻りなさいと言った。

頷いて自分の椅子に戻ると、及川が父の来場に気づいて、分ったよというように黙って右手を挙げた。

 

 父の後ろ姿を目で追った。机の上に置いてある関係資料も丁寧に見ている。あのペースで観覧していたら三時半までの時間内に最後まで見られないなと思っていると、急に展示物の終わりの方に行った。古城巡りの写真等を見始めた。

 座っていた美希を目の隅に置いて、後ろから父に声を掛けた。今回の展示作品の作成仲間、古城巡りとキャンプに同行した佐藤美希さん、と紹介した。側に寄って来た及川も紹介した。