(サイカチ物語・第6章・文化祭・20)
由美が、お母さんの茶席はなんとなく気恥ずかしいからパスと言った。親子と知る人も居るかも知れないけど、本人が思うほど誰も気にしていない。自意識過剰だよと思った。
サイカチ物語は篤も驚いたみたいだ。俺よりも及川にいろいろ聞いていた。明子と由美は古城巡りの写真の前で少し長く話していた。
京子のご両親が講堂から戻って俺達の展示物を見始めたのは十一時半頃だったろう。小父さんが廊下に出来ていた人だかりを見て驚いていた。何かあったのかと聞いた。いえ皆さんが展示物を手前から読んで下さっているんですよと応えると、改めて俺の顔を見た。半信半疑の顔をした。どうぞご覧になって下さい。関係資料は手前に並べた机の上に置いてありますと観覧を促した。京子から歴史好きと聞いていたけど、ご両親は小一時間も観覧した。そして俺の所に戻ってきて、凄いネーと言った。
「この町の岩淵近江守とか奥州千葉一族は何かで聞いたことはあるけど、あんなにハッキリと陣割りの中に出てくるんだ。しかも、千葉とか及川とか、大将の名前、城主で出てくるんだね。驚いたよ。貼り出して居るアレのコピーを貰いたいもんだ」。
「はい。展示物は京子さんを含む五人で作成した一つの作品です。京子さんと共有する物なので京子さんを通じて展示した文面の写しをあげることが出来ます。
文面は今、私のUSBに入っているけど京子さんの持っているUSBに文面をコピーしましょう。そこからポイント数を落として印刷すれば全く同じ文面の物が少ないページで得られます。
ただ、机の上に置いた資料は岩城先生に提供いただいた物、他人からお借りした物、USBに入っていない手作り等なのでそれらは差し上げられません」。
「本当?、宜しく、京子に言っておくよ」。
あの時、小父さんは少し興奮した面持ちだった。奥様とこれから豚汁、おにぎり食べに行くと言っているところに茶席教室から京子と梨花が出てきた。小父さんとのあらましを説明して、京子が有り難うと言った。それから、京子が一緒に食事しようと梨花を誘い、四人が一緒に一階に向かった。
二階廊下の展示物から人が途切れることは無かった。昨日と同じように姓のルーツ、奥州仕置きの秀吉軍に対抗する葛西一族等の陣割、政宗のナデ斬りの辺りに人だかりが出来た。伊達政宗の謀略を読み込む人も多く見られた。
母が十二時半頃に観覧し始めたのが分ったけど、声を掛けなかった。周りにそういう人も居ないので母の和服姿はひときわ目立った。及川と美希の前まで行くと、立ち止まって何やら話をしていたけど観覧に掛ける時間的余裕が余り無かったらしい、午後一時に予定されている茶席教室に姿を消した。
一時過ぎには、生け花教室の先生を務める愛のお母さんが観覧してくれた。次の生け花教室開設の午後二時半まで時間が有ったのだろう。この三年間、生け花教室の先生をしているから町の人にも俺達生徒にもよく知られている。それだけではない。背がスラリと高く鳩胸で彫りの深い顔立ちに美形で、農作業のためだろう陽に焼けた顔が余計にきりりと引き締まって見えた。美しい。俺も美人とはこういう人を言うんだろうなと思った。愛はきっとお父さん似なのだろう。
聞かれたら分かる範囲でお答えする。そういう受け身の姿勢でいた俺達説明要員だったけど、二日目になる午後一時を過ぎてもバンダナキャップの俺達三人に声を掛けてくれる来場者が途切れなかった。葛西晴信の書いた起請文等の中味を聞く人も居たけど、葛西晴信自身の存在を知らなかったと言う人が実に多かった。またそのことを言って、この町周辺の城主、館主等について驚いたと感想を伝えて帰る人も多かった。藤沢町史の編纂すら知らない人も多くいた。町役場も折角まとめた町史だ、もっとPRすべきじゃないのって思う。
来場者に混じって、小柄な高橋先生が俺達の展示物を観覧し始めた。後ろ姿が見えた。俺はゲンちゃんとの約束の寄席を聞く時間が迫っていた。及川と美希がまだ昼食を摂れていない事を分っていたけど、二人に午後一時四十分から二時まで悪いけど寄席に顔を出すと伝えた。二人が食事を摂るのも俺が食事を摂るのも午後二時を過ぎることになる。