(サイカチ物語・第6章・文化祭・17)

 

 及川が美希に、写真の前で奥様と何を話していたのかと聞いた。及川も笑顔で話していた奥様と美希の姿を目に留めていたらしい。

「キャンプの話よ。バーベキューでリブを焼いている写真あるでしょ。そこから奥様のその昔、大学時代の話になったの。その時

が高度経済成長期で世の中は男性も女性も開放感が広がっていて宿泊付きで海や山に行くのが当たり前の頃だったって。

 キャンプして炊事当番の時がお目当ての男性を引きつけるための腕の見せどころ、アピールする場だったんだって。それで奥様がカレーを作る当番だった。今みたいにルーが一般的じゃ無くて、小麦粉とカレー粉を使ったって。

 溶き具合はまあまあだったけど塩味が足りないって言われて、塩が無かったので慌てて入れたのが醤油と間違えたソースだったんだって。出来たカレーを口にして初めて分った。お酢の味が先に来て、とても食べられる代物じゃなかったって。奮発して買った高いお肉も台無しだったって。お目当ての男性の苦情がボロクソだったって言ってた。

 今ならカレーはルーを買ってきて、説明書の通りにすれば誰でもそれなりのものは出来るのにねって奥様が笑って言ったのそれで、若しかしてそのボロクソに言った人が岩城先生?って聞いたら、腐れ縁ねって言うの。笑ったわよ」。

 俺も及川もそれを聞いて笑った。俺は頭髪の薄くなった先生の顔が頭に浮かんだ。

 

 寄席を終えて今日の分の後片付けも終わったのだろう、着流し角帯姿のゲンちゃんが俺の所に来た。彼を支援する三人の女生徒、由香(ゆか)(いずみ)に農業科の玲奈(れいな)と一緒だ。

「これからユックリ読ませて貰うね」。

「どうぞ、どうぞ。意見を聞かせて呉れよ」。

支援者の一人の小野寺玲奈(おのでられいな)が、今まで反省会をしていたのと俺に言う。

「何人集まったの?」。

「午前午後で七十三人。目標の一席四十人にちょっと届かなかった」。

意外な気がした。明日は俺も聞かせて貰うよ、と返した。

 

 俺達の展示物を観覧するゲンちゃんの周りは賑やかだ。約二十五メートル、どの場面でも、ちっとも知らなかったとか、凄ーいとか、許せん伊達政宗とか、俺達もキャンプに行きたかったねとか、来場者はもとより、離れている俺や及川、美希にも聞こえる声が響いた。見も知らない人だろう来場者と静かに二言三言何やら話していると思うと、突然大きな笑いが起きたりする。展示物の中に笑いを誘うような場面って有ったかな?、思わず思ってしまう。途中、及川とも美希とも暫く話していた。

 

 三時近くに再び俺の所に戻ってきたゲンちゃんは、この展示物を題材に講談師でも目指そうかと冗談を言った。短躯で丸い顔で八の字眉が落語家の誰かに似ているなと思いながらゲンちゃんに言った。

「学校新聞のアンケートの将来の夢、目標に書いた通り落語家、実現してくれよ、応援する」。

彼が右手をだしたので、彼の手を力強く握り返した。

 

 編み上げ式の手提げ袋というのか、ビニール製の紐で出来た手提げ袋の中に孟宗竹の花器、それに花を七、八本挿して出てくる人が続いた。ナデシコやコスモスで清楚な感じに仕上げていた人もいたけど、目を引いたのはリンドウの鮮やかな紫色だ。一本同じ値段なら俺はリンドウを選ぶなと思う。

 岩城先生の奥様は最後の方に生け花教室から出てきた。コスモス、白菊、ススキ等と一緒にしたリンドウの手提げを手にしてい

る。

「どこを覗いても、皆さん頑張っているわね。熊谷君。また皆で遊びに来てね」。

階段に向かった。三時半迄の残された時間に即売会場も覗いて帰るのだろうか。間もなく及川の所へ行った。

「今、先生の奥様が帰ったよ」。

「うん、見えた、気づいたよ」。