(サイカチ物語・第6章・文化祭・16)

 

 茶席の教室から数人が出てきた、その中に岩城先生の奥様の姿が見えた。私と目が合うと右手を振る茶目っ気のある人だけど、人垣をさけながらゲンちゃんの寄席教室に急いで行った。順番があると言っていた、次のお目当てらしい。さっきまで呼び込みの女子生徒の声が廊下に響いていたけど、今は、トントン、トトン、トン、トンとCDの出す寄席の出囃子の太鼓音が廊下に少し漏れてきた。

 

「面白かったわよ。上手々々」。

 岩城先生の奥様の声が、離れた所から大きかった。廊下にいた来場者の数人が俺の方にも振り返った。俺の方が気恥ずかしくさえ感じる。すぐ状況が分かった及川が美希を連れて俺の前に来た。及川と美希さんの姿を確認した奥様だ。

「お久しぶりね、元気にしてた?」。

 及川に声を掛けた。

「はい。紹介します」。

「美希さんね」。

 及川の続く言葉を遮った。そして、まだ展示物を見てもいないのに奥様は美希に向かって明るい声を発した。

「展示物、良く出来ているわよ」。

「初めまして佐藤美希です」。

 言いながらお辞儀をした。

「岩城です、貴女たちにお相手して貰って、主人に代わってお礼を言いますね。バンダナキャップ、三人ともよく似合っているわ

よ。よさこいソーランはパスして、ユックリ見させて貰うわね。二十分で読み切れるかしら」。

 

 奥様は他の来場者の頭越しに右端から左端まで長い展示物に目を送った。それから歩きだした。奥様の観覧する歩調に合わせて、しばらく俺達三人が側に付いた。それに気付いた奥様が宣言した。

「昨夜、主人から出来映えを聞かされたのね。凄く賞めていたわよ。私の方は良いから貴方達、自分の位置に戻りなさい」。

 俺と及川が顔を見合わせた。

「はい!、戻って!、他に来て下さっている方も多くいるのよ」。

 現役で小学校の先生をしていた頃、奥様はきっとこうだったんだろうなと想像した。

「そうさせていただきます」。

 及川と美希にも離れることを促した。

 奥様の側を離れても、俺はなんとなく奥様の後ろ姿を目で追った。奥様は右端から人垣を避けながら左端の古城巡りの写真展示の所までズーッと展示物を読んでいたように見えた。時々、机の上に置いた資料等も見ていた。

 美希の所にまで行くと、何やら立ち話を始めた。時々奥様の笑顔も、それにつられるように美希の笑顔も見えた。二時半近くに美希と一緒に俺の方に寄って来た。

「とても分りやすかったわよ。主人の話より理解しやすかったわよ」。

 そう言って、コロコロ笑う。

「陣割りの殿様方の名前が来場者にインパクトを与えたわね。地元周辺のよく知られている地名と人名が出れば親近感が余計に湧

くから印象に残る。

 仙台育ちの私には伊達政宗はお殿様中のお殿様。良いお殿様と聞かされて育ったから政宗の謀略は残念」。

 時代がそうさせたのだから仕方が無いですと応えた。傍に来ていた及川も俺の説明に頷いていた。

「この後、生け花教室に参加するわね。美希さん、今度こそ皆と遊びにいらっしゃい」

 美希が体調を悪くして先生の家を訪問できなかった七月一日のことをちゃんと覚えていた。

「はい」。

 美希が明るい声で返事をした。奥様は二時半きっかりに目の前の生け花教室に入って行った。奥様の三つ目のお目当てらしい。

 

 

 明日、5月27日(土)から28,29日(月)の三日間、ブログの投稿をお休みさせていただきます。法事のため岩手県一関市藤沢町の生家に行ってきます。本年の1月3日に初めて投稿させて以来、欠かさずお読みくださっている方、小生の朝4時の投稿時刻とほぼ同じ時間にアクセスしてくれる方もいることを確認できており、ここに、お休みをお知らせさせていただきます。