(サイカチ物語・第6章・文化祭・13)
信男は、俺達の豚汁は里芋を主体にしている、自家製の味噌を使っているのが特徴だと言っていた。味には自信を持っている。俺達生徒や先生の分も数に入れて一杯百円の豚汁は二日間午前十一時から午後三時までの販売で五百杯は出るだろうと予想していた。豚肉は余ると最後の方に即売会場で野菜と一緒にブロック(塊)で売られる。
生徒が作るおにぎりの米も農業科の新米だ。気仙の海苔でぐるり包まれたおにぎりは鮭と梅干しの二種類だけどコンビニで売っている物より一回り大きい。それでも一個百円で今年も八百個は用意されるだろう。お持ち帰りするお年寄よりも多いのだ。
生け花教室の花も農業科が精魂込めて育てた花だ。花器の代わりにした孟宗竹に自分で花を挿す生け花教室は午前十一半からと午後二時半からの各三十分と設定されている。持ち帰りしやすい時間に教室を設定したようにも思える。
参加者は自分で選んだ花七本までと、長短どちらかの青々とした孟宗だけの花器を二百円でお持ち帰り出来る。参加費が二百円なのだ。教室には今年もどの花も一本三十円でコスモス、彼岸花、菊、萩、キキョウ、リンドウ、ケイトウ、ダリア、マリーゴールド等秋の花が並んでいた。生け花教室がお得で人気がある訳だ。花を活ける指導も愛のお母さんだ。京子や美希達女子生徒の活けた花が飾られている。
美術部等の展示室には風景画や肖像画が展示された。優子(平優子)達女子部員三人の絵が飾られていたけど作品数の絶対数が足りない。穴埋めに自分達がデッサン練習の時に使う石膏像が五個も飾られていた。また、晴男(金野晴男)の書が特別出品として展示されていた。誰か専門の先生に師事していると聞いたことがないけど掛け軸に表装されている。書かれている内容も書体も俺は分らないけど話題になることは間違いないだろう。
女生徒に指導しながら、母が手伝う野点の席は午前十時から十二時までと午後一時から三時までの二回に分けて開設される。文化祭を見に来た来場者がその時間帯に訪れれば、御菓子はないけど誰でも抹茶を振る舞われることになっている。格式張った茶道の席は午前十時からと午後一時からと聞いた。
昨日の夜、展示物の貼り出しを終わって家に帰って、居間で父母に文化祭の準備状況を話した。そのときに茶席の方の事も話に上って、心配になった。母は茶席の客は一席七人と言った。ホストの亭主役を母が行なう。京子さんと梨花さんが交代で正客役になることになっているというが、茶席の設定時間から考えて二人は次に予定されているよさこいソーランの支度に時間的に大丈夫なのかと心配になった。
その事を言うと、母はどちらの時間帯も開始から四十分内に終わらせると言った。一人三分としても他の所作を考慮すれば時間の関係からは七人が限界だと言った。一人五、六分見当になる。俺が見た教室の前に貼り出されていた茶席のポスターには御菓子代を含めて参加費は二百円。早い者勝ちで募集とだけ表示されていた。今朝になって、早い者勝ちの次ぎに一席七人までと吹き出しで書き足すよう、梨花に頼んだ。
元(はじめ)の寄席教室は、ゲン(あだ名)ちゃんのための特設の場所だ。飾り付けと音響効果一切は彼任せだ。教室の廊下側の窓の上には彼が小旅行したときにお土産で買って来るという地名入りのミニ提灯が十数個飾られる。最近はフワァンも出来て、旅行した生徒や町の人が地名入りの提灯を買ってきて彼に提供していると聞いた。
開演時間近くになると教室前に出て自ら呼び込みもする。協力して一緒に呼び込みをする女生徒も複数人居る。彼の出番前には必ず太鼓と三味線と拍子木のCD音が入る。生徒や町の人々にゲンちゃん寄席と言われるほど、しっかり受入れられている。準備も手慣れたものだ。開演は午前十時四十分と午後一時四十分に予定されている。
二階廊下の外窓側に展示した「サイカチ物語」は、生け花教室から出ても美術作品の展示教室から出ても茶席の教室から出ても、また寄席を聞きに行くにしても、いやでも目に入る。事前の五人の打ち合わせでは俺と及川が説明要員として展示物の前に立つことにしていた。京子と梨花は茶道教室によさこいソーラン出演の掛け持ちで時間的に手伝って呉れる余裕が無い。
体調を考慮して、よさこいソーランの演舞から外れている美希を俺達の手伝い要員からも外していたけど、今朝、及川と一緒に来て、私にも手伝わせてと言ってきた。昨日、帰る頃に咳き込んでいた美希だから心配になったけど、及川が無理しない程度に手伝って貰おうと言った。余り詮索しても仕方が無い。手伝って貰うことにした。
三人で話し合って、立ち止まって読んでくれる来場者に何か聞かれたら、知っている範囲で応えるということで良いだろうと決めた。
俺達三人が説明要員だと来場者の誰が分るかとなって、及川が学生服のポケットから畳まれたバンダナキャップを取り出した。美希に借りた物だという。彼女は何時もの通りバンダナキャップを被っていた。真面に見た頬は少し細くなったのが分る。
「これを俺も熊谷も被ろう」。
即賛成した。一階で俄調理員や店員になった生徒仲間もバンダナキャップを被っているのだ。この場で俺達三人がバンダナキャップを被って居たら、見学しているだけの生徒とは違うと来場者に理解される、そう思った。
及川が図書室から椅子を持ってきて美希のために用意した。彼女を思い、彼女に配慮した彼の気持ちの表れだ。
「長時間立っていたら俺達二人もくたびれるよ、俺達の分の椅子も用意しよう」。
美希が浮いた存在にならないようにと、俺も考えて言った。
廊下の外窓側に貼り出した展示物の長さは全体約二十五メートルにもなる。三つの椅子は廊下の「サイカチ物語」のタイトルの貼り出しから三メートルの地点と、展示物の真ん中辺り、それに写真の展示物の前の教室の窓側に置いた。来場者の流れは俺達の目の前を行き交う事になる。俺が一番手前で真ん中が及川、美希には写真の展示物前の椅子に座って貰うことにした。
後は寒さだ。外気に接して冷え込んで来る廊下の寒さに風邪気味の美希が心配になる。
椅子と三人の配置のことが一段落すると、及川は寒いと言って手をもみながら、今度は反対側のポケットからホカロンを三つ取り出した。半ばおどけて手品師のような仕草に思わず笑ったけど、これも彼女を思っての及川らしい事前に準備した気配りだ。きっと、昨夜か今朝、手伝いたいという美希の連絡の要望を聞いて及川が自分なりに考えた対策だったのだろう。彼女への思いやりと優しさが溢れている。