(サイカチ物語・第5章・俺の嫁さん・17)
明子が不意に、何か意を決したように姿勢を正した。そして、言った。
「今日はお姉ちゃんにお手紙を持ってきたの」。
「あら、何かしら、如何したの?」。
美希の質問に答えず、手にしてきた小さなバッグから薄いピンク地に花柄模様の封筒を取り出した。
「開けてみて良い?」。
明子は黙って首を縦に頷いた。便せんではない。薄い水色の地に手まりと折り鶴柄を四つ折りにした紙だ。千代紙かなと思う。何が書いてあるのか俺も見ようとして、椅子に座ったまま美希の目の前に手を出した。
「お兄ちゃんはダメ」。
明子が腰を浮かせて、美希の手紙を持っている手を塞ぐようにした。美希は微笑み、黙って明子を見ながら深く頷いた。
ノックの音がして、小母さんがお盆に乗せてコーヒーを届けてくれた。俺と明子が殆ど同時に済みませんと言った。
ドアに一番近かった明子が受け取ると、小母さんはニコッとしただけで戻って行った。
「お姉ちゃんの夢は絵本作家だよね。有名になっても遠く離れる事があっても、明子とお兄ちゃんを忘れないでね」。
「何、馬鹿言ってんだよ」。
一口、コーヒーを啜ると、美希に聞いた。
「どうしてアンケートの回答に将来の夢、目標に絵本作家って書かなかった?」。
「えっ、何て書いたの?、なんのためのアンケート?」。
明子がちょっと驚いた顔をした。明子の質問には応えず、美希は俺を見て言った。
「今からでも修正が効くのかしら?」。
「看護師も絵本作家も一行で足りるから変更してもなんの問題も無いね。編集上問題ない」。
千葉(京子)さんに修正をお願いすると言った。明子が何故看護師だったの?って聞いたけど、美希は微笑んだだけで応えなかった。明子も追求しなかった。
「今週の金、土、二日、三日、文化祭だろ。熊谷が葛西一族の滅亡をサイカチ物語って表題にして何か貼り出し物を並べるって言
ってた。それで俺達の行ってきた古城巡りの時の写真使いたいらしいんだ。了解してくれって言ってきた。京子も梨花も了解し
たと言ってた。俺も美希も良いよって言っておいた。問題ないよな。困る物って何もないもの」。
美希はうんと頷いた。
「熊谷の話だと、俺達生徒仲間にもそうだけど、この町の人達に町の歴史の知られていない部分、それを知って欲しいんだって言
ってた」。
余り変化のない、イベントの少ない町だ。だから町の人達も高校の文化祭を一つの楽しみにしている。そんなことを思いながら言葉を続けた。
「学年が減った分、来場者がまた減るだろうけど最後の高校だしね、熊谷を応援して盛り上げなきゃな。奴は出展のために岩城先
生にも資料提供を頼んだらしい。
先生から借りた吾妻鏡って全五巻の本が有るんだけど、結局、俺は読み切れずに返却した。熊谷は第一巻から全部読んだらし
い。あいつの歴史に関する情熱には脱帽だよ。好きでないと出来ない。
それで京子と梨花がかなり手伝っている。ここ数日、三人が教室に残って貼り出し物の準備をしている。どんなのが出てくる
のか俺も楽しみにしているんだ」。
「京子ちゃん、梨花ちゃんから聞いてなかったから知らなかった、でも楽しみね」。
「私はあの豚汁とおにぎりが良い」。
「明子は食い気か」。
三人で笑った。