(サイカチ物語・第5章・俺の嫁さん・15)

                  七

 十月二十八日、日曜日。好天で朝から秋晴れだ。行く手の左を流れる川は昨日の台風並みの大雨で水嵩を増し、普段の清流が一転して泥水の流れになっている。

「凄いね。あそこまで水が出たんだ」。

 川岸の葦やネコヤナギ等が水嵩が引いた分、川下に向かって無残な姿で横倒しになっている。所々に川上から流れてきた流木と枯れ枝が引っかかっていた。

「本当。草木もかわいそう。昨日は台風みたいだったものね」。

 明子が相槌を打った。

 美希は金曜日も学校を休んだ。休んだ理由がなんなのか分らない。俺はその日の帰り途に美希に会いたいと思った。美希と初めて結ばれた翌日だ。授業を受けていても度々美希の裸身を思い浮かべた。形の良い乳房が蘇った。授業にならない一日だった。だけど美希の家に寄る理由も見つけられなかったし、小父さん小母さんの信頼を裏切った気もして寄ることを躊躇した。会うのを我慢した。

 三日ぶりに美希に会う。十一時過ぎに美希からの電話だった。

「昨日の雨、凄かったでしょう。農作物の被害はどうだった。今日は時間があるかな?時間が有ったら遊びに来ない?」。

 待っていた誘いだ。

「葉物野菜が泥まみれだよ。傷まないうちに出荷したいから今朝は収穫量も増やして泥を洗い落とすのに時間がかかった。やれやれだ。父も一段落ついたと言っているから、お昼を澄ましたら美希ん家には行くよ」。

 父の仕事を手伝った朝の作業を思いながら誘いに応じた。心の中では勿論、行くよ、飛んでいくよだ。電話を切ると父と母に昼食が終わったら美希ん()に行ってくると言った。明子が私も行くと言って聞かなかった。佐藤さん家も大変だったみたいだ、美希は言っていなかったけど、父と母にはそう付け加えた。

「佐藤さん家に行くなら、これを持って行げ」。

 母が綺麗な包装紙に包まれた箱物を寄越した。

「いつも貰っている物に比べたら恥ずかしいけどね・・・」。

独り言みたいに言う。中身が何なのか聞かなかった。気持ちが伝われば良いよと心の中で思った。

 

 玄関口に出た美希は、少しばかり驚いた言葉と仕草だ。

「あら一緒に来てくれたの」。

 笑顔を見せて明子の両手を取った。明子は、ほら見なさいといった感じで得意そうな顔をして俺を見た。

 

 居間のテーブルを前に座っていた小父さん小母さんに挨拶して、母からの預かり物を出した。お礼の言葉の後に、小母さんが、コーヒー?って美希に確認した。美希が、後で取りに来ると言ってコーヒーを頼み、自分の部屋に明子と俺を誘った。

 美希のベッドの枕元に白いタオルが置かれてある。俺は無性に、今は明子が側に居て欲しくない、と思った。

 

 明子は部屋の中を見渡す事は無かった。本棚に手を出しながら言う。

「また借りていって良い?。新しく買った絵本は有る?」。

 俺は初めて本棚の絵本に注目した。背表紙には作品名の下に○○書店とか、○○社とか出版社の名前だけの物が多い。絵本ってこういう作りが当たり前なのかなと思いながら、矢っ張り背表紙には作品名と絵・誰々、作・誰々と表示されていた方が良いなと思った。

「そうね、まだ新しく購入した絵本は無いの。今度、一関に行ったら本屋さんを覗いてみるね」。

「本屋って、町にあるだろう?、一軒だけだけど」。

「余り絵本が並んでいないの」。

 俺の質問にも答えた。そして、絵本作家の名前から作品一覧を検索して読んで見たいと思う本を選ぶのが一番で、本屋さんにお取り寄せを頼む方が確実に入手出来ると言った。後は図書館の利用方法だという。町の図書館で探して、目当ての図書が無い時でも図書館員が近隣の図書館が収蔵しているかどうか検索して、あれば取り寄せてくれるという。春先に岩城先生が言っていた図書館の利用方法を美希の口から聞くとは思いもしなかった。

 ベッドに腰を下ろしていた美希の左隣に明子が座った。それを見ると、やっぱり姉妹かなとも思える。座った美希の椅子が低くて、俺は両足を投げ出すような姿勢を取った。