(サイカチ物語・第5章・俺の嫁さん・13)

                  六

 この三週間は受験生らしく机に向かった。美希も抗がん剤の点滴のある日を除いて、学校を早退することも休む事も無かった。

十月二五日木曜日。朝の冷え込みが厳しかったけど、天高く良い秋晴れの天気だ。

 

 岩城先生に提出するとき、少し後ろめたさを感じた。

「分かった、無理はするな。ユックリ休んで早く治る事だ。これから三、四ヶ月が尤も大事な時期だからな」。

 先生は受験生の俺を気遣い、励ます言葉を呉れた。風邪を引いて熱っぽく体調が悪いと俺は嘘の早退届を出した。

 美希は今朝になって体調が悪くて学校に行けない。ゴメンね、と言って何時もの場所での待ち合わせを断ってきた。それが、二時限目の授業が終わった休憩時間に美希からの電話だ。メールではなかった。時間を見計らってその時刻に合わせて寄越したらしい。今来て、来られない?と聞くだけで理由を聞いても何も言わなかった。

 小父さん小母さんは?と聞いても答がなかった。俺は、何か思わぬ事が発生したんだろうと思ったけど、四時限目が終わったら午前中で早退するよ、それで良いかと言って電話を切った。

 

 PCXを走らせながら、何が有ったんだろうと頭の中は緊急事態を思ったりした。

美希ん()に着くと、庭に小父さんのカローラがなかった。庭先にPCXを停めて、チャイムを押すと間もなく美希が玄関口に出た。花柄のバンダナキャップを被り、腰から下に花柄の前掛けをしている。ピンクの長袖ポロシャツの袖口に白い粉が付着している。顔色は悪くない。俺を引き入れて玄関の鍵を閉ると目をつむってキスを催促した。

 小母さんも居ないらしい。鞄を傍の床の上に放り投げるように置くと、美希の肩を抱きキスをした。 

 胸に抱いたまま、聞いた。前より痩せた頬をしているけど目の前の美希は元気そうに見える。

「どうした?」。

「今朝は本当に気持ちが悪かったの。だから、学校休んだ。でも今は元気になった」。

「小父さん小母さんは?」

「前からの予定の用事があって十時頃に二人で志津川に出かけた。夕方まで戻らない」

 俺は頭の中で、十時ってことは出かけて三十分しないで電話を寄越したんだと思った。

「四時限目が終わったらすぐ来てって言ったでしょ。今、お好み焼き出来るように準備したよ。焼いて一緒に食べよう」。

 俺の手を握っていつもの居間のテーブルに誘った。来る道々に考え想像したりしていたこととの違いに一瞬拍子抜けして戸惑った。母が今朝作った弁当は手つかずのまま鞄の中だ。

 

 向かい合って座ろうとした。

「ダメ、こっち」。

 小父さんがいつも座っている場所を指定した。美希は小母さんが座る席に座った。テーブルの真ん中にはホットプレートが据えられてある。目の前のアルミ製のボールには、溶かれた粉の中にキャベツ、モヤシ、青ネギ、天かすが入っているのが分かる。指示通りにそれらをホットプレートに落とした。

「これに豚バラ肉を好みで数枚乗せてね。卵も同じ。これは割った殻入れね。粉生地は長芋をすり下ろして塩、胡椒で味付けして

 あるけど、後は焼いた後に青のり、削り節、紅ショウガ、マヨネーズとソースで味を取るの」。

 美希の生き生きとした説明を聞きながら、俺はズル休みの詮索も止めて段々と楽しくなってきた。壁時計が後ろの方でボンと一つ音を出した。焼いたお好み焼きを、戯れに美希の箸から俺が食べ、俺の箸から美希が口にした。

 自分の家で作るお好み焼きよりも岩城先生の家で御馳走になったお好み焼きよりも、二人だけのお好み焼きが断然美味しい。