(サイカチ物語・第5章・俺の嫁さん・10)
四
九月十日、月曜日の朝。窓から見える雨模様の空に、今日はレインボースーツが必要だなと思っているところへ階下から明子が、お兄ちゃん電話と言う。大きな声だ。こんな時間に誰だろう。美希も熊谷もいつも携帯電話だ。そう思いながら黒電話に出ると美希のお母さんだった。
「美希は、今日学校休みます。済みません」。
ただそれだけで電話は切れた。
いつもの坂下で美希と待ち合わせる必要が無いことを伝えているけど、美希がどうしたのか何も言っていない。心配になる。
朝食を家族と摂りながら美希ん家に寄ってみようと思う。
明子が味噌汁を啜ってから、なんの電話だったのと聞いた。俺は自分の考えを言った。
すると、思ってもいなかった。
「他所の家の事に、早まって入り込む物じゃない」。
父に窘められた。
授業中、父の言葉を反芻しながらも、やっぱり気になってしょうが無かった。
学校の帰りに美希ん家に寄った。美希の家の庭を見るのは久しぶりだ。小父さんのカローラが停めてある。
チャイムを押すと玄関口に小母さんが出た。よそ行きの装いで顔も珍しくアイラインが入り、頬紅と口紅が薄く引かれていた。
「どうぞ」。
小母さんの手振りと言葉に導かれて家の中に入ると、いつものテーブルを前にして小父さんと、側に項を垂れている美希が居た。小父さんは前に病院で見たことのある半袖のポロシャツ姿だ。美希は通学の時の白い半そでのブラウスに紺のスカートだ。
「上がりなさい」。
小父さんが促した。俺の腰が落ち着くと、言った。
「今さっき、放射線照射の治療を受けて病院から帰ってきたばかりだ」。
朝、美希が学校を休むと聞いたとき病院はどうするんだろうと思ったけど、美希は治療を継続していた。お茶を淹れてくれた小母さんに、いや冷たいジュースが良いかなと小父さんが指示して、それから話しを続けた。
「今朝、美希が放射線治療を受けたくない、抗がん剤の点滴を受けたくないと言いだしてね。その理由が髪の毛が抜けるショック
だった。
二、三日前から髪の毛が抜けることは自分でも気づいていたらしいんだけど、今朝、髪を解いてかなりまとまって抜けたらしく
て相当ショックだったらしい。
泣いて学校へ行くどころではなくなって、母さんから俊明君に連絡させた。
その後に美希と話し合って、それから病院に連絡した。
午後に約束できたから、早めに病院に行ってソーシャルワーカーのカウンセリングとアドバイスを受けた。早急にウイッグを手
配することになった。放射線の照射の方は時間を待って受けてきた」。
小父さんの話で美希の今日一日の動向が分かった。美希が隣でゴメンなさいと小声で言う。
今日は美希と並んで俺が土間に近い方だ。小父さん小母さんの居る前だったけど俺は美希に言った。
「美希のショックは分かる。でも髪はまた再生されて生えてくる。今は我慢して頑張ろう。気を強く持てよ。クラスの皆が心配し
てんた。先々週、美希が放射線治療を受けた日、昇降口で皆が美希を励まして呉れたろ。美希が頑張っていること皆が知ってい
るんだ。今日休んだ事の方がどうしたんだろうって皆が心配する。
美希が治療の影響でウイッグを使用するようになっても、頭巾を被るようになっても、友達は当たり前に受入れてくれるよ」。
美希さんとも、小さい頃に呼んでいた美希ちゃんとも言いにくくて、俺は、美希で通した。
小父さんに夕食を一緒に食べようと誘われたけど、辞退して家路についた。午後六時にちょっと前だったけど、雨雲のせいで周りは何時もより早く薄暗くなっていた。