(サイカチ物語・第5章・俺の嫁さん・7)
病院の受付窓口で美希の病室を尋ねた。今度は同じ二階でも個室では無かった。階段を上りながら、一泊二日で帰ることが前提だし大部屋でもことは足りると思った。
部屋の入口にある患者の新しいネームプレートで確認した。四人部屋の一番奥まった左隅のベッドだった。
巡らされているカーテンを覗くと手前に小父さん、美希の右手を握っている小母さんの姿が奥に見えた。
俺に気づいた小父さんが無言のまま頷き、丸椅子から立った。小母さんも私に気づいて俺の方に頭を下げると、及川さんが来てくれたよと美希に声を掛けた。
腰壁とベッドの間は人一人が通れる程度の空間だった。小父さんが後ろに下がり、椅子一個分近づいて美希を見ると、青ざめた顔をしていた。俺を見て目で合図したけど声がない。
「少し落ち着いたけど気持ちが悪いって」。
振り向きながら小母さんが俺に説明した。軽く頷いただけで、俺も美希に声の掛けようが無かった。
「もう大丈夫」。
小母さんの手を握っていた美希が、小さな声でそう言って右手を掛け布団の中に引っ込めた。
「点滴が終わってどのくらい経つん(の)ですか」。
小母さんに聞いた。四時十分ぐらいに終わったから、もう三十分ぐらい経つかしらねという。見ると俺の腕時計は四時五十分を指していた。四十分経過した事になる。美希の足下のカーテンが開いた。看護師だった。
「美希さーん、どおう?、まだ気持ち悪い?」。
前にも見た中年の看護婦さんだ。美希は看護師を目に留めたけど、返事をしない。
「初めてだしね。緊張するし、慣れるまでに時間がかかるんですよ」。
誰にと言うわけでもなく看護師が言う。
「大丈夫、大丈夫。気持ち、少しは落ち着いた?」。
美希の顔を見ながら励ますように聞く。そして、振り返ると小父さんや小母さん俺に言った。
「この分だと心配無いと思います。一晩見させていただいて先生が判断するようになりますけど」。
そこへ主治医の佐藤先生が顔を出した。隣の患者のベッドとの空間を仕切るカーテンの狭い間を委細構わずに進んで、美希の左肩側から顔を覗き込んだ。看護師と同じように聞いた。
「どうかな。気持ち悪い?」。
声にしなかったけど美希は今度は首を左右に振った。それをみて俺は少し安心した。先生は応答に満足したらしく、大丈夫ですね。そして小母さん俺、小父さんを見ながら、お大事にと言って戻って行った。
間もなく看護師もカーテンを閉めて部屋から出て行った。
小父さん小母さんは美希が夕食を摂るのを確認してから帰ると言った。しかし美希は七時を過ぎても午後六時に出されたという夕食に手を付けなかった。小母さんが勧めても、まだ良いの一点張りだ。そして、遅くなるから帰って良いよと小声で言う。
「俺がまだ居ます。美希さんが食事を摂るのを確認してから帰ります。先に帰って良いですよ」。
俺は小父さん小母さんに言った。
小母さんは美希の態度に不満そうにしていたけど、小父さんが帰ろうと小母さんの肩を叩いた。もう七時半を過ぎている。