(サイカチ物語・第5章・俺の嫁さん・4)
毎週水曜日の六時限目の授業は早退だと言った。また、点滴の中にアルコール分が含まれているのでカブの運転は出来ない。点滴の終わった頃に父が病院まで自家用車で迎えに来ると言う。美希はそこまで言って一呼吸置いた。
「俊ちゃんにお願いに来たの。朝は、俊ちゃんのお父さんと同じでうちの父も葉物の収穫に出荷等の農作業で忙しい。だから、今
月二十九日の水曜日から毎週水曜日の朝は、父に代わって通学に俊ちゃんのPCXの後ろに乗せて欲しいの」。
「うん、勿論良いよ」。
それから、二十七日の週から約一ヶ月の間は月曜日から金曜日まで一日五分の外来放射線治療があるという。学校の授業が六時限迄の日でも七時限目がある日でも、病院にお願いして治療時刻を午後四時からの五分間に設定して貰ったと言う。七時限目の終了時刻は午後三時三十五分だ。午後四時の治療開始なら外来に十分に間に合う時間だし、授業を受ける事にも影響は無い。
だけど美希は、その放射線治療の後の不安を言い、一ヶ月の間、学校の駐輪場を出る時刻を四時十分にして家まで一緒に帰るようにして貰えないかという願いだった。
「それも、全然問題ない。帰りの時刻がいつもとそう変わらないよ。六時限授業の日は待っている時間、図書室を上手く使うよ」
美希は安心したように微笑んだ。
俺はそれよりも脱毛の事を考えた。一日の日に美希は尼さんになる。鬘を使用することになると笑って言っていたけど、きっと心の負担になるのだろう。そう思ってあの日、帰宅してからインターネットで抗がん剤治療と脱毛の関係を検索してみた。
そこには、抗がん剤の種類によって異なるが治療開始後、一、二週間で脱毛が始まる。軽い刺激でも毛髪が抜けやすい状態になる。シャンプーやブラッシングでも抜けると解説されていた。
美希は、抗がん剤や放射線の副作用で頭の毛が抜けるということを明子の前では言わない。明子は放射線治療が一ヶ月続く事と抗がん剤の点滴治療を週一とはいえ六ヶ月もしなければならないということに驚いている。
「どうしてもしないといけないの?」。
「直るならいくらでもお医者さんの言うとおりにするよ」。
「直るさ」。
俺は思わず口調が大きくなった。希望したキャンプの話は何処かに飛んでしまって明子は下を向いた。
外は音を立てて雨が降り出した。
雨粒が時折ガラス窓に当たる。部屋の灯りも薄暗くなってきた。ドアをノックする音がして、母が顔を出した。
「お昼だよ。美希さん、冷や麦だけど一緒に食べていってね」。
見ると壁時計は十二時を少し回っていた。
「凄い雨ね」。
母が言葉を残して階段を下りて行った。
下に下りると、父が食卓テーブルの席に着いていた。座るところが椅子に変わるだけで畳の居間の時と同じ位置取りだ。
冷や麦の上にはトマト、半熟ゆでの卵の輪切り、青ネギとショウガの細切り、天かす、それにスタミナを考えて塩、胡椒で味付けされた豚小間肉が乗っていた。母が、毎年夏になると作る得意の中華風トマト冷や麦だ。俺の皿だけ大盛りになっている。
「タレの具合がどうかしら、足りなかったら足してね」。
母が言う。何時もは冷や麦の上に既にタレがかけられてあるのに、タレの残りは個々に配られた大きめの陶製のつゆ入れにあった。醤油とお酢、砂糖、練りゴマ、ごま油、ラー油、それにショウガのみじん切りで作られた特製のタレだ。