(サイカチ物語・第5章・俺の嫁さん・3)

 

 階段を上ってすぐの部屋が俺の部屋だ。隣が明子の部屋。その奥が父と母の寝室になっている。六畳洋間の俺の部屋を見て、美希が言った。

「これが俊ちゃんの部屋ね。初めて見るね」。

 さも珍しい物を見るように部屋の中を見る美希の目が大きかった。

「ここが押し入れ兼衣服棚、ガラクタ入れだね」。

 扉を閉じていた。

「後はご覧の通りベッドに机、椅子、本棚さ」。

 野球バットをケースに入れたまま本棚に寄りかけてある。グローブは本棚の一番上だ。

「これでも、来るというから片付けたんだ」。

「整理したの知らなかったー。まあまあね。いつもは散らかっているの。時には足の踏み場もないくらいよ」。

「余計な事言うな」。

 二人のやりとりを美希が笑っている。

 座るところとなって明子が自分の部屋から椅子を持ってきた。

 美希が俺の椅子に座ろうとして、足が浮く。座高を調整した。俺はベッドに腰掛けた。

「何から聞きたい?」。

 美希が明子に気をつかって話の矛先を向けた。明子は改まって聞かれて何から質問しようかと言葉が出ないようだ。俺の部屋で俺が居るだけで勝手が違ったみたいだ。

 俺は明子にジュースか何か飲み物があった方が良いねと場を持たした。

「OK」。

 場違いな言い方をして、明子はすぐに階下に下りて行った。俺と美希はその間に抱擁とキスを繰り返した。

 

 お盆に乗せて持ってきた三つのグラスを机の上に置いて、明子が、どうぞと言う。オレンジジュースだった。

 美希が手渡してくれたグラスを俺は一気に飲み干した。

 明子が椅子に落ち着くのを待っていた美希が、明子の顔を見つめた。そして、言った。

「お姉ちゃんの病気の事知っている?」。

 明子の顔に途端に緊張の色が走った。黙って首を縦に頷いた。それを見て美希は笑顔を作りながら頷き、話を切り出した。

「来週の水、木。二十二、三日に一泊二日で入院するの」。

 語尾の終わりを明子から俺の方に顔を向けて話し出した。

「第一回目の化学療法で抗がん剤の投与を受ける。それで一晩、経過観察されるの」。

 俺の顔も硬くなった。自分で分かる。

「問題が無ければ翌日の二十三日、木曜日に退院。翌週の二十九日の水曜日から毎週水曜日、午後二時から五時までの間の外来で

 抗がん剤の点滴投与を二、三時間受けることになる。六ヶ月続く・・・」。

 俺は、病理検査の結果が出た八月一日に美希から聞いた八月二十二日以降の治療というのがこれかと思った。