(サイカチ物語・第四章・古城巡り・44)
「歴史マニアね」。
梨花がちょっと茶化した。
「蝦夷地時代も葛西時代も伊達の時代も平等にコンパクトに伝えているだろう?。今まで歩いてきた古城にこういう風に伝えてい
る所って無かったろう。どこでも坂上田村麻呂と藤原三代とか四代とか、伊達政宗とか、それだけが伝えられている。
頼朝に所領を貰った葛西清重から四百年。ここでは葛西二百八十年とあるけど、兎に角、葛西時代も伝えている花泉教育委員会
に拍手だ」。
少しばかりむきになった熊谷だ。立看をデジカメに収めていた。
もう一つ、俺達を驚かしたのが「かさこじぞう」の立看と、菅笠を被り、赤い前垂れに赤い着物を羽織った六地蔵の立ち並ぶ姿だった。立看には笠地蔵の民話は全国に四カ所あると断り書きした上で、「かさこじぞう」はこの花泉に伝わる民話だとある。
伝承を主張する町が近くにあったなんて驚きだ。
「こういう民話のことも学校で聞いていたら、もっと郷土愛が湧くよね」。
言いながら熊谷がまたデジカメを向けた。俺も同感だ。
「先生、これがあるって言わなかったわね」。
京子がそう言いながら一体毎にお地蔵さんに手を合せ出した。美希も梨花も熊谷も俺も続いた。俺が皆の最後の最後に拝んだ六番目のお地蔵さんの前で言った。
「このお地蔵さんの笠は、お爺さんが被っていた笠かな?」
すかさず美希だった。
「ここではきっとお爺さんが被っていたのは笠だったのね。だけど、お爺さんが被っていたのは手ぬぐいで、足りなかった分は手
ぬぐいでお地蔵さんを頬被りにしてあげたと伝承する地域もあるよ」。
「えっ、そうなんだ。テレビで見たのはどっちだっけ」。
京子の反応に、美希が話を続けた。
「お爺さんが町に売りに行ったのは最初からお爺さんとお婆さんが造った菅笠と伝えている所と、お婆さんが造った子供の遊び道
具のカスリ玉をお爺さんが町に売りに行ったけど、売れずに途中で菅笠を売りに来ていた行商人と物々交換をした。
それでも結局、菅笠も売れず正月を越す餅代も手に入らなかった。
それで帰る途中、雪の降る中で寒そうにしていたお地蔵様に笠を被せてあげる事にした。そう伝えている所もあるよ」。
「そういえばその物々交換の場面、日本昔話のテレビで見たような気がする」。
梨花が加わった。
「その夜、お爺さんお婆さんが寝ていると家の外で何か重たいものが落ちた音がする。戸を開けてみると家の前に米俵や野菜、魚
など様々な食料、小判が山と積まれていた。お爺さんとお婆さんは六体のお地蔵さんが去って行く後ろ姿を目撃する」。
美希がそこまで言うと、お地蔵様の贈り物の御陰でお爺さんお婆さんは良い新年を迎えることが出来た、と俺が後を続けた。するとまた美希だ。
「お地蔵様が贈り物を家に届けるのでは無く、お爺さんお婆さんを極楽浄土へ送り届けたっていう伝承の所もあるよ」。
俺は驚いた。梨花や京子もそうだった。
「それって残酷。お金を手にする事ができず年を越せなかった老夫婦が餓死した、そうなのかも。どう解釈すれば良いんだろ
う」。
そう言って梨花は本当に顔を曇らせた。熊谷が自分の解釈を言った。
「何も持たずに帰ってきたお爺さんを迎えたお婆さんが、それは良いことをしましたねと言って、お金も手に入らなかったのにお
爺さんを責めなかった。そこに現実的な含蓄があるんじゃないか?」
梨花の質問に対する答になっていない。美希の説明が続いた。