(サイカチ物語・第四章・古城巡り・41)
そこには廊下の壁側に衣紋掛けに架けられて平安朝の女性、男性用の着物がズラーッと並んでいた。廊下を隔てた向かい側の座敷には屏風が立てられ、手前に茵が有り、左横に几帳が置かれて王朝絵巻に出てくる平安時代の一室が再現されてある。
案内に立つ女性従業員が言った。
「女性は今着ている物の上に単衣、表着、唐衣を着ていただきます。男性は今着ている物の上に直垂若しくは袍を着ていただき
ます」。
それで俄に平安朝貴族の女性、男性の出来上がりだ。
「あの屏風と几帳をバックに、茵に座っていただいて自分達で記念写真に収まって下さい。男性の方は好きな烏帽子又は冠もどう
ぞ」。
京子が、本当に無料ですかと女性従業員に念を押す。唐衣を着て写真に収まろうとスタンバイしている女性が二人いた。
「時間が無いよ」。
熊谷が、女性三人に無粋に言う。
それを小耳に挟んだのだろう、女性従業員が横合いから言った。
「待っている間に着られますから、所用お時間はお一人様五分くらいのものです」。
それで決まりだ。女性三人は変身を決めた。男の方もどうぞと言う言葉に俺と熊谷は顔を見合わせた。
「時間が無いんでしょ、早くしなさい」。
梨花が嗾けた。照れくさかった。
伽羅御所を出て、平安時代の商店や民家を再現したという街並みゾーンに入った。
歩きながら、デジカメに収めてきたばかりの唐衣を着た自分達の写真に声も大きくなり、テンションも上がった。梨花と美希、梨花と京子、美希と京子が一緒に収まった写真に、俺と熊谷が袍と冠を着けて並んだ写真、それに京子が、良いから並んで座れと言って俺と美希が並んだ写真が収まっている。
女性三人は自分で選んだ唐衣姿で茵に座って檜扇を手に持つ姿が几帳を後ろにしてそれぞれに艶やかだ。京子が、俺と美希の並ぶ写真を見て、まるでお雛様みたいねと言った。
街並みの庶民の家は柱が細く壁に当たる部分の長板を丸太で抑えただけとか、土間の一部に簡単な板床があるだけと、いかにも質素な造りで再現されていた。
「これってヤバくない、台風が来たらすぐ壊れそう。私、怖くて住めないな」。
京子が言う。
「でも庶民にとって、当時それが現実だったんじゃないか。観光客にその時代を思い起こさせる。それが良いんだよ」。
口を挟んだ熊谷のTシャツが脇の下も胸前も汗を滲み出している。ポパイが汗を掻いていた。
商家の造りは太い柱に細い板木の造りだ。一軒一軒をそれほどの時間を掛けずに見て回った。一軒の商家が観光客の休憩する場所になっていた。抹茶と甘味処とあってアイスクリームも売られている。昨日の気仙沼の「魚いちば」のようなことは無く、それぞれがバニラとかチョコとか好きな種類を選んだ。揃って長椅子に座った。
「歩くだけでも疲れるのにこの暑さだと余計疲れるね。皆大丈夫?」。
熊谷が声を掛けた。京子も梨花も、平気、大丈夫と言い、梨花が、美希ちゃん大丈夫?と気遣った。
「大丈夫」。
美希が応えた。
「結構歩いたね。坂道があるからお年寄りは大変かもね」。
「年寄り同伴の時や小さな子供連れの雨の日は園内無料マイクロバスの利用だね」。
見学の終わり近かったせいか、俺と熊谷の間でそんな話にもなった。