(サイカチ物語・第四章・古城巡り・34)

                 十六

 牛の博物館は世界唯一の牛の専門博物館と謳っていた。入館してすぐ右側に前沢牛の優秀な種牛だったという和人号の剥製だ。

「凄い。ドッシリしてるね。肌艶がピカピカだよ。真っ黒」。

「凄えー」。

「まるで生きているみたい。実物のよう」。

「剥製なんて、思えないね」。

 和人号の首周りに先に回った美希が言った。

「可愛いーい。目が綺麗」。

「本当、可愛い目」。

 皆が和人号に気を引き付けられた。

 

 館内を回ると、野牛の古代化石や珍しい品種の牛の剥製を展示している。

「凄いなー、この模型」。

「牛の品種毎に理想の体型があるんだって。それがこの模型なんだって」。

 俺と熊谷は、そこから(つの)の形も凜々しい前沢牛の剥製の前に立った。美味しい肉は美味しい飼料から造られる、そう書かれた説明板に稲わらや牧草に大麦やフスマ、大豆粕などが養分含量の多いエサとして表示されてある。

 

 続いて牛肉料理のアラカルトが並んでいた。牛の解体工程と肉の部位を説明する図と霜降り肉の断面図を表示してある。

「美味しソー。これが俺達の今の財布で食べられる?」

「無理、無理」。

 

 先に進んでいた女性三人が写真を撮り出した。ハイランド種と案内が出ている。全身が赤っぽい金髪で毛が長く寒さに強い「モコ」ちゃんという愛称のある剥製の前だった。

「可愛いー。もう一枚」。

代わる代わる写真に収まっていた。

 

 二階に上がった。牛に関わる世界の民族資料が展示されていた。牛と農耕は世界共通らしい。花輪で飾られたインドネシアの牛の霊柩車、神と崇められ街中を闊歩するインドの牛。アルプスを背景に草を食む牛等のパネルが目を引いた。

 またインド、スイス、その他の国の大小様々なカウベルや珍しい鼻輪と牛の玩具の陳列に興味をそそられた。

 

 一通り見て一階の入口側の売店に来ると、女性三人が、これが可愛いとか、こっちが良いとか土産品の牛のマスコット選びに余念が無い。俺も明子への土産を考えた。長さ一センチ程の角張った胴体の牛が三頭連なったストラップを購入した。商品名が箱牛とある。

 皆で隣接してあるレストランに寄ることにした。店名がコゼット。フレンチとある。藤沢の町にレストランなんて無い。ましてやフレンチ料理のフレーズはテレビで見たり聞いたりするだけだ。五人の中でフレンチのコース料理を食べたことのあるのは、もしかして熊谷ぐらいかも知れない。

 前沢牛メニューでサーロイン百グラム五五〇〇円、フィレ百グラム六五〇〇円、肉が五十グラム増える毎に二千から三千円値が上がる。熊谷が言う。

「無理、無理。値段の高いのは俺達高校生には支払いが無理」。

 梨花がこっちねという。ランチメニューにコゼットランチ一八〇〇円、岩手牛ハンバーグ一三八〇円とある。それから店内に入った。

 五人共、岩手牛ハンバーグを注文した。梨花が言った。

「高いものは自分で働いて自分で払えるようになったら食べましょう」。

「そうよね」。

 京子が相槌を打つ。なんとなくホッとした。

 屈託なくニコニコして言える梨花に感心した。俺はライス大盛りを頼んだ。

 

 外は真夏の暑さだった。食事が終わって表に出ると、舗装された駐車場が陽に照らされて光っていた。京子が暑いねーと言う。熊谷が出発を前に梨花と京子のカブのバッテリーが上がっていないか点検した。

 出発は予定より十五分遅れの丁度午後一時になった。