(サイカチ物語・第四章・古城巡り・31)

 

 大原城址は、つづら折りの山道を上る、山城らしい風情だ。石塁だろう途中に巨石が積み上げられてある。城址には土塁や空堀、三の丸、二の丸、本丸の遺構が残っていた。東西に二、三百メートル、南北に百メートル程の広い草地があって、そこが案内板の言う二の丸らしい。その先の一段高いところが本丸で、岩城先生が言っていたイチョウの巨木が繁り、その傍に小さな祠と本丸跡を示す標柱が建てられてある。

「あのイチョウの木、樹齢四百五十年以上と案内板にあったから、計算すると葛西氏時代に植えられた木ということになるよ

 ね」。

 美希が言った。太い幹が時の経過を物語っている。

 本丸跡から見える大原の町の眺望も素晴らしい。正面に室根山が鎮座して雄大な緑の裾野を広げている。その室根山と城址との間に大原の町並みが形成されていた。

夏の陽射しに照らされて眼下に町並みの屋根々々が輝いている。五人並んでしばし見とれていた。

 

「棚田も見に行くか?」。

 熊谷が手にした岩手県地図の観光マップを振りながら言った。皆が地図の上に額を寄せた。日本の棚田百選に選ばれた最北端の棚田とある。

「行こう行こう」。

 梨花が音頭を取った。京子も見たいと言う。

 

 大原城址からバイクで約五分。着いた山吹地区で棚田への道を探した。

周りは畑ばかりだ。トマトと茄子がなっている畑にお婆さんが出ていた。

「今日は、ちょっと教えて下さい。この付近に棚田があるハズですけど・・・」。

 俺が尋ねた。棚田へは本道を外れて右に林、左に人家のある間を山に登っていくのだった。教えて貰った山道への入り口に「棚田入口」の小さな標識が出ていた。

 改めて熊谷が先頭になって再出発したけど、俺は左側の人家の奥まった庭先の標柱に目が行った。二メートル程の白い標柱に蘭方医・千葉隆胤(たかたね)生誕之地と書かれている。勿論、隆胤という人物を知らない。ただ、胤の字が使われている所を見ると、きっと、葛西・千葉一族に繋がるのだろうなと思った。家に帰ったら調べて見る必要もありそうだ。

 

 棚田までの上り道は車で行くことが出来る道だった。熊谷の地図には約二ヘクタールの面積に約四十枚の棚田と紹介されていたけど、山の南斜面に広がる稲の緑の一面に棚田の枚数を数えられない。

「この時期だと、成長した稲が重なって棚田も段々畑にしか見えないわね」。

 京子の感想だ。棚田を囲む数個の農家の赤い屋根と杉林の向こうに室根山と、それに連なる山脈が見える。田園の景観が良い。目の前の石碑には「北限の棚田山吹」とある。帰り道に熊谷が千葉隆胤の標柱を立ち止まってしばし見ていた。写真を撮っていた。