(サイカチ物語・第四章・古城巡り・17)
九
駐車場の傍の案内板は神様が割ったという伝説の岩を紹介していた。その案内板の横から片側に鎖の付いた柵のある急な階段を海辺近くに降りると、高さ十メートル程はある二つに割れた大きな奇岩の間から荒波がドーッとしぶきを上げて押し寄せる。
岩に当たる波の大音響と泡立つ波しぶきを目の当たりにすると太平洋のエネルギーを実感する。
俺達五人も、波しぶきを躰に浴びながら他の観光客に混じって歓声を挙げた。美希は及び腰だ。梨花と京子は、キャーキャー言いながらかかる波しぶきを殊更に楽しんでいる。
駐車場に戻って、そこから歩き出したキャンプ場の中は延々と松林の緑が続く。夏休みの観光地らしく散策路は行き交う人が多い。女性三人が先を歩いていた。梨花だ。俺と熊谷に早く来いと手招き入りで呼ぶ。
「凄ーい。綺麗」。
梨花だけではない。三人の感嘆の声が響いた。キャンプ場の中心辺りの崖から見る海の景観だった。
「ね。絵みたいでしょ。凄い。綺麗」。
運転の疲れも炎天の暑さも一遍に吹き飛ぶ青い海の大パノラマだ。松林の眼下に見る透明度の高い海は空の青さよりも青く水平線の彼方まで紺碧の色だ。
その海に自然が作り出した鋼鉄のような雄々しい巌が幾重にも重なっている。それぞれの巌が自分を主張しているように見える。
巌に砕け散る波は幾重にも白いしぶきの輪を作る。夏の太陽にキラキラ輝く海はまるで大きなコバルトブルーのダイヤモンドで、淵の一端を巌が飾り、白波はその巌を引き立てるプラチナの煌めきだ。島々が海に浮かんでゆったりと見えた牡鹿半島とはまるで違う。
「凄ーい。素敵―。キレーイ」。
俺達五人は太平洋に向かってそれぞれにただただ感嘆の声を上げた。側にあった東屋に入ると、東屋の柱と柱の間から見る景色はあたかも額縁に入った一幅の絵を見るようだ。松の緑と岩の黒さと青い海に白い波、それがまた違った味わいだ。美希が、初めて俺を被写体に入れて写真を撮ると言った。スマホを向けた。
興奮の余韻のまま、そこからまた歩きだした。すぐにケビン棟やサニタリー棟が並ぶキャンプ場の設備一帯だった。屋根付の野外バーベキューコーナーがあった。家族連れや仲間同士で来たらしい人達が、肉や魚を焼いて周りに香ばしい匂いを漂わせていた。
「手ぶらで来て、日帰りでも楽しめるって書いてある。素敵な海を見ながら手軽にバーベキューが出来るなんて、良いね。今度来たい」。
京子がもう次の事を口にした。
そこを過ぎると小高い丘に芝生に囲まれて真っ白い灯台が有った。写真に収めるには絶好のロケーションだ。
「ちょっとユックリしすぎたね。駐車場に戻るのに十五分かかる。戻ろう」。
日程表より約一時間も早く着いたけど、見学に時間を消費しすぎていた。
熊谷の声に皆急ぎ足になった。
「皆、まだまだ元気あるね」。
俺が言うと、すかさず京子だ。
「お腹空いた。ここで昼食にしない?」
見た腕時計は十一時四十分を指している。計画では元々このキャンプ場での昼食だ。朝食を摂った時からあまり経っていないが、熊谷が、どうすると皆に諮った。食事して行こうとなった。
神割観光プラザ入口とある門柱をくぐって建物に入ると、ウッドデッキのあるエントランスだった。落ち着いた雰囲気を感じる。土産物等を売る売店の奥がレストランだった。
その店内から座ったまま大きな窓ガラスの先に海の景色を眺めることが出来る。勿論、窓際に座ることにした。
「ね、ね。これって、面白―い」。
京子の言葉に梨花も美希も首を縦に振っている。もう一つのメニュー表を手にした。
メニューに南三陸タコライス、シーサイドカレー、タコ味噌担々麺、タコミートサンドなどユニークな名前が並んでいる。覗き込む熊谷に俺は見れるようにした。熊谷が声もなく笑顔を見せた。
紹介写真を広げた京子が、どれを食べるー?と言う。
「一番人気はタコ味噌担々麺とあるよ、それにしない?」
美希がメニュー表に書かれてある小見出しを指さしながら言った。全員揃ってそれになった。
「及川君、それで足りる?」。
梨花のご忠告に俺は大盛りを頼んだ。好みで仕上げを冷たい物と暖かい物とを選択できると言う店員に、全員が冷たい方を頼んだ。
「売店で土産物を選ぶなら今のうち、担々麺が出来てきたら呼ぶよ」。
熊谷の言葉に女性三人は売店に向かった。レストラン内は急に混んできた。
「俺達、タイミングが良かったね」。
熊谷は頷きながら、頭の中は別の事を考えていたらしい。
「大谷海岸で遊ぶ時間を多く取るためには、ここを十二時十分までには出発したい」。
さっき駐車場に戻ろうと皆を急がせたのはそのためだったらしい。野焼き祭りの日に、大谷海岸休憩一時間、海に遊ぶは短くない?と言った梨花の言葉を思い出した。熊谷の気配りだった。
タコ味噌担々麺は、ゴマベースのピリ辛スープに、タコを練り込んだ味噌を合わせて作られていた。タコの旨味とゴマの風味が口に広がった。
「美味しい。辛過ぎず、旨味たっぷり、グッドね」。
京子の評価に他の四人も同調した。本当に美味しかった。