(サイカチ物語・第四章・古城巡り・16)

                八

 古城巡り二日目だ。予定より一時間以上も早く午前七時半を回ったところでキャンプ場を後にした。車列は熊谷を先頭に昨日と同じだ。

 コバルトラインも曲がりくねったという程では無いけど結構カーブが多かった。海は右側に時折見える程度で雑木林の山道を走っているようだった。

 だけど、長くコーナーリングする緩いカーブにさしかかると、いかにもバイクを運転しているという実感を持てて楽しかった。

 熊谷は安全策をとって時速三十キロを少し超える速度で先導していた。途中、背中の美希に声を掛けると、このスピードだったら梨花ちゃんも京子ちゃんも大丈夫だと思うと言った。

 走行している時が俺と美希の二人だけの時間だ。俺は美希に、愛してるって言った。美希も愛してるって応えながら、殊更に頰を俺の背中に()り付けた。  

 

 女川のバイパスを右に曲がるとコンビニがあった。熊谷が食事休憩を取る場所と決めたらしい。俺が最後に駐車した所で、寄って来た熊谷が、ゴメン、大六天展望台の上り口を見過ごしてしまったよ。気づいた?と俺に聞いた。

「いや、俺も気づかなかったよ。結構カーブ多かったし前だけ見ていたからね」。

 実際、俺は大六天展望台に行く標識に気付かなかった。

 女性三人は大六天に寄ることも頭に無かったらしい。

「良いわよ。良いわよ。無事に山越えしてきたんだから」。

 梨花が言った。

 

「それよりも食事。お腹空いたー。おにぎり食べたい」。

 横から京子だ。しかし、お店に入っておにぎりを選んだのは俺と京子だけだった。

 熊谷も梨花も美希もサンドイッチだ。飲み物も思い思いの選択だ。

 お店の前に出されていた一つだけの白く円いテーブルと白いプラスチック製の椅子に女性三人が座り、俺と熊谷は軒に並べてあったパイプ椅子に座った。傍に用のないタバコの吸殻入れボックスがある。

客は俺達五人の外に居ない。駐車場の前の国道三百九十八号を行き交う車と海を眺めながらの朝食だ。

「九時十分には出発しよう」。

 熊谷が言った。

 

 先頭の熊谷が雄勝(おがつ)(わん)を過ぎたばかりのコンビニの前で駐車した。最後尾の俺が駐車すると、すぐに声をかけてきた。

「カーブが結構きつかったね。この先、何処で休憩できるか分からない。少ししか進んでいないけど少し休もう」。

 腕時計を見ると九時五十分に少し前だ。良い判断だと思う。次の目的地、神割崎までまだ三十キロは有る。

 

「釜谷峠のトンネルから新北上大橋まで、またきついカーブが有りそうだ。その橋を渡ればその先は神割崎まで緩いカーブで済み

 そうだ」。

 広げた地図を見ながら熊谷が言う。梨花が頭を出した。

「今の道もこんなにジグザグだったものね」。

 梨花が地図上の女川、御前湾(おんまえわん)、雄勝湾沿いの通ってきた海岸線の道を指でなぞった。

「海を見ている余裕なんてなかった」。

 と付け加えた。

「でも少し慣れた気もする」。

「危ない、危ない。そういう気になったときが一番危ないんだ。油断は禁物」

 京子の言葉に俺が応えて言った。

 

「これ」。

 熊谷が地図上を指さした。そこには北上川((おっ)波川(ぱがわ))とある。

「えっ。追波川が北上川?」。

「ここに追波って地名もある」。

 俺の質問に熊谷だ。

「なに、どうしたの?」。

 梨花が聞く。俺が説明した。

「うん、昨日話した葛西晴信、その時代に俺と美希の住む大籠の製鉄産業が始まっているんだ。その原料となる砂鉄を採った所と

 して岩城先生の話に追波川とか()(ごめ)(がわ)って出たんだ。地図だと、これから通る所がそこになるらしい」。

 目の前の地図には追波湾も表示されている。

 

「追波の前に中州が有るね。砂鉄を採取し易かったかも。見てきた石巻湾に注いでいる川が昔の北上川。それは知っていたんだけ

 ど、この地図だと昔の追波川が太平洋に流れ出る今の北上川の下流になったらしい」。

 美希も京子も、珍しいものを見るように地図を覗いた。十五分程休んだ。

 俺の浅黄色地に紺と茶色のチエック柄のシャツがもう脇の下も首周りも汗で変色している。見ると皆のTシャツも首周と脇の下は汗で濡れた輪を作っている。背中も汗が滲んでいた。

 熊谷が、皆に神割崎到着目標を十一時と言って出発した。