(サイカチ物語・第四章・古城巡り・5)
四
俺達は、北上川を間にして三陸自動車道と殆ど並行している国道三百四十二号線一関街道を柳津の町まで走った。町近くの道路沿いにあったコンビニで予定外に五分程の休憩を取った。熊谷が俺に道順を確認したいと言った。
熊谷の手にした地図をのぞき込むと、右から延びている国道四十五号線が柳津の町を外れてすぐ一関街道と交差していて一関街道はその交差点から先、国道四十五号線の表示に変わって石巻に延びていた。俺と熊谷は交差点から進路を右に取って県道二十一号線を行けば北上川に架かる橋を渡って神取、和渕方面に行けると確認した。それが東浜街道だ。
その間、女性三人は涼を取るためだろう、コンビニ店内を見て回っていた。
桃生津山インターを過ぎると、右側に旧北上川が見え隠れする田園地帯が続いた。熱い陽射しの中でも左右に稲の茂る緑の中を走るのは気持ち良い。
「今右手に見えている川が元々の北上川、江戸時代の北上川だよ」。
後ろの美希に説明した。
「俊ちゃんって何でも知ってるね」。
「熊谷と道を調べていて知っただけだよ」。
話をしているうちに神取・和渕と地区名を二つ並べた道路標識が出てきた。
「この道は、さっきまでいた寺池に向かう秀吉軍が通った道だよ」。
先頭を走っていた熊谷が駐車した。続いて皆が路肩に駐車した。
「前方に見えるのが神取橋だ。橋を渡れば和渕になるのでこの辺りが葛西晴信軍と奥州仕置軍とが相対した場所かも」。
熊谷が言う。しかし、それを今に伝える古戦場等の標識も無く良く分らない。目の前を流れる川は旧北上川に旧迫川が合流して川幅が広く大きくなっている。
「あの緑色に舗装された鉄橋、地図ではあれが神取橋だ。あの鉄橋を渡れば和渕地区になる。昔はもちろん木造の端だったろう。
古書の戦記物語等では葛西軍と上方軍とが橋を間に相対した一つの場所だ」。
熊谷の説明を京子も梨花も俺も美希も一緒に聞いた。俺は岩城先生が作った葛西軍と上方軍の対陣図を思い出した。
神取橋を渡ると和渕駅がすぐだった。腕時計は午後一時半を指している。人影の無い駅舎の中で休む事にした。防犯ポスター等が貼ってある壁に沿って木製の長椅子がある。
俺達はその椅子に並んで座った。日陰だからホッとした。喉を潤すペットボトルのお茶が温い。
「今、寺池から三十キロくらい走ったかな。あと六、七キロで佳景山の駅だ。その近くにある須江山に上るけど、梨花と美希は何
故そこに登るのかと思うだろうから話しておく」。
改札口に一番近い方に座った熊谷が、そう言って伊達政宗の謀略と葛西一族等の憤死を話し出した。女性三人を挟んで俺が駅舎の入口に近い方に座っている。
「伊達政宗は、豊臣秀吉による葛西・大崎一揆騒動の裁きで父祖伝来の土地である伊達郡や信夫郡などの殆どを没収された。換わ
りに木村吉清に代わって俺達の祖先が住んでいた葛西領を自分の領地として貰う事になった。
そうは言っても政宗は葛西・大崎一揆を裏で煽動していた。その証拠を隠滅しなければ、今後、自分の身すら危ない。おまけ
に、領地を失った家臣達に新しい領地を与えるのに、反乱が起こりうる不安のある土地であってはならなかった。そこで将来に
禍根を禍根を残さないようにと葛西一族郎党の殲滅を計った。
関白豊臣秀次に取りなして所領を安堵するから、何時何時に須江山に参集しろと葛西領内にお触れを出した。当初は一揆軍に
伊達の旗差し物もあったんだ。葛西氏家臣達は政宗を信じて集まってきた。
しかし、集まってきた者は須江山で皆殺しにされた。だから須江山がどんな所か行ってみたい。
近年になって岩手県史やお寺の過去帳、墓石等を丹念に調べた方が居て、須江山で殺された者に藤沢や一関、花泉、薄衣、大
原、千厩、砂子田、陸前高田、江刺、登米、米川、鱒淵、本吉など旧葛西領内の城主や館主の名を上げている」。
熊谷の話は俺達の住む町周辺の地名を具体的に出して二人に興味を抱かせるものだ。俺は美希にそこまで話していなかった。美希も梨花と一緒に驚いていた。梨花が質問した。
「その調べた人の、何かまとめた本みたいなのって有るの?」。
「石巻高校の教諭だった人で「仙台領の戦国誌」(紫桃正隆著)って本にまとめている。教師をしながら休みの日等に歩いてコツ
コツ集めた発掘記録だ、俺も熊谷も岩城先生に聞くまで知らなかった。
俺達の住んでいる町と周辺の事だから凄く興味が沸いたよ。先生にその本を借りて読んでみるのも良いと思う」。
俺が熊谷に代わって応えた。
京子が続けた。
「葛西一族の家紋は三つ葉柏ね。徳川家康の三つ葉葵じゃないわよ。柏の葉ね。それが今の宮城県立石巻高校の校章になっている
んだって。「三つ柏、葉風さやけく」って校歌にも歌われているんだって。驚きよ。
この先、須江山の後に石巻の日和山にも行くじゃん。そこが葛西太守の最初のお城なんだって」。
俺は今日の行程表の予定時間をオーバーしているのに気づいた。だけど、焦る気にならない。