(サイカチ物語・第三章・藤沢野焼き祭り・30)

 

                  十九

 目が覚めると午前八時半を回っていた。腕時計を見ながら七時間は寝たなと計算した。

 昨夜( ゆうべ)は十一時を過ぎると、町民の盆踊り終了と各窯の火おとしがアナウンスされた。熊谷の説明から、火を落とした窯の中の作品はそのまま朝まで放置され自然に冷やされていくのを待つのだと初めて知った。

 

 予定では窯出しを今朝七時半、作品の審査開始が九時となっていたから間もなく審査が始まるのだろう。熊谷は窯出しも審査立ち会いも表彰式も後は野焼き祭り実行委員会に関わっているお父さん達の仕事だと言った。

 

 彼と一緒に街中まで戻って別れ、俺が家に着いたときには午前零時を回っていた。父も母も妹も既に寝ていた。風呂に入り寝るときは一時近かった。美希の事を思ったけど疲れていたのだろう、すぐに眠ったらしい。熊谷も今朝はきっとゆっくり休んでいるだろう。丸一日手伝って俺より余計に疲れたハズだ。

 

 出品された作品は上手く焼成したのだろうか。ひび割れをしていないだろうか。熊谷の話から縄文の野焼き再現のキッカケを作ったのは農民考古学者の故塩野半十郎さんだと知った。

 その先生にちなんだ大賞や、祭りの発展に貢献した彫刻家の岡本太郎さんの賞、池田満寿夫賞などを今年は誰が手にするのだろう。自分がバタ材焼きを手伝った窯から受賞作品が出るのだろうか。気にしたこともないことが初めて気になる。

 

 遅い朝食の後、二時間ばかり机に向かった。十一時を過ぎて美希が電話を寄越した。

「昨夜はご苦労さん。よく踊れていたよ。周りの人たちも大きな拍手だった。体調は大丈夫か?」

「ありがとう。大丈夫。問題は無いよ。ね、それよりも皆に悪い。梨花が寝袋、京子がクーラーボックスでしょ。キャンプ用品を

 手分けして持って行くのに、私が俊ちゃんのバイクの後に乗ると、私と俊ちゃんだけが何もキャンプ用品を持たない事にな

 る」。

 

 あの日程表の説明の時、熊谷は皆の前で余り細かいことを言わなかった。アウトドアクッカーの鍋、包丁、食器等は用意したと言ったけど、俺と打ち合わせをしたときにはその他にバーベキューコンロやウオータータンク、銀マット、懐中電灯、着火材料、ライターなども持っていくような事を言っていた。

 皆、熊谷の家族がキャンプに行くとき使用している用品類だ。それを自分のヤマハのセローの後部に積載台を取り付けて持っていくと言った。テントや折りたたみ式のテーブルやダッチオーブンを今回は持って行かない。

 ウオータータンクは収縮して使わないときはぺちゃんこになる型を持っていく。持参するのは一つの大型バッグに入るだけのキャンプ用品にする。心配するなと言った。

しかし、かなりの量になりそうだ。

「そうか。そうだね。分かった。改めて熊谷と相談するよ」。

「キャンプに出かけるのに、私が用意する物ってある?」。

「うーん。夏だけど朝方は冷えたりするからね。腹巻きでも持っていった方が良い」。

 

 美希は笑ったけど、俺も美希もキャンプは初めてだったし、前に聞いたことのある熊谷の忠告だ。

「海に入れるかどうか分からないけど、水着を持って行くね」。

 美希の言葉に、病院の先生に海に入っても良いか確認しておけば良かったなと思った。

 その後、昨夜(ゆうべ)のよさこいソーランの出来具合がどうだったと聞いてきた。勿論、九人の演舞が足並み揃っていたし、かけ声も響いていて良かったよと応えた。

(さとし)が前列で踊っていたろう。女性だけじゃないって観客にアピール出来て良かったんじゃないか。

彼奴(あいつ)は背が高くて見栄えもしたし、運動神経も良いしね。岩城先生も奥様と見に来てた。良かったって言ってた」。

 奥様の会場での言葉は言わない。

「ね。今何しているの。私ん()で昼食、一緒に食べない?」

 嬉しいし、飛んで行きたい気持ちだ。だけど、今日は勉強しようと自分の心に決めている。

「明日から出かけるし、昨日は予定外に窯焼きを手伝ったし、今日はゆっくり休みたいんだ、ごめん」。

 

 電話の向こうの声が少し途切れた。

「分かった。じゃ明日の朝、いつもの所で何時の待ち合わせにする?」。

 思い直したようだ。

「七時半分でどうだ?。ゆっくり走っても駐輪場に八時頃には着くよ」。

「七時半ね、分かった。俊ちゃん。ユックリ休んでね。愛してる」。

 

 電話は切れた。明日から出かけるのだ。美希こそ、ユックリ休んで欲しい。

 熊谷に電話した。疲れて朝寝していたとしてももう起きたろう。電話にすぐに出た。

「昨日は大変だったろう。手伝いが丸々一日だもんな。お疲れさんでした。よく寝たかー」。

「ああ、寝た、寝た。今、起きたばかりだよ。」

 電話の向こうで笑っている。寝起きが良いらしい。

「簡単に言う。用件は明日から出かけるキャンプ用の持ち物の事だ。昨日の説明だと、皆が持ち物を手分けしているのに、俺だけ

 何も持たないようで悪い。持っていくキャンプ用品の中で俺が持てる物は俺が持つよ」。

 

「えーっ。ハハハ、心配無いよ。今日これから午後、持っていく予定の物をバッグに詰め込んでセローの後ろに括り付ける。及川

 がユニホームとかグローブとかスパイクとか野球用の道具をもって移動するときのバッグがあるだろう?。それより一回り大き

 いバッグだ。どうしても入りきらないときは頼むけど、まず心配無い」。

 俺に分かりやすく具体的に言うところは彼奴(やつ)らしい気配りだ。

「米二キロ、無償提供の方を宜しく頼むよ」。

 少し笑いながら言う。米を耕作している俺ん家の米を前提とした約束だ。

 

「それより美希さん、大事にしろよ。海に入れるのかな」。

 美希のことも心配してくれる。

「美希はそのことを気にしてた」。

「俺、お父さんに聞いてみるよ」。

その後、俺は初めて経験するキャンプ場の利用方法等を少し聞いた。

 

(次回から、サイカチ物語・第四章・古城巡り)