(サイカチ物語・第三章・藤沢野焼き祭り・28)
「その後、石巻の日和山城址に行く。葛西氏初代葛西清重が築いた城跡だ。それから一日の終わりに牡鹿半島のキャンプ場に行
く。キャンプ場は炊事場も洗面所もあるし、シャワー浴だけど設備がある。テントはレンタルを予約した。
火の扱いが実際に行ってみないと分からないので一応固形燃料を準備した。アウトドアクッカーで鍋、包丁は用意した。それ
に簡易食器の類いも五人分用意してある。自家用車で行くのではないのでバイクに登載して持って行ける物には限度がある。
寝袋は俺ん家の寝袋を持っていく。梨花のバイクの後ろに寝袋五人分を積載する。五人分と言っても重量が六、七キロと軽い
から問題ない。
食材は一日目の夕食用にバーベキュー用の食材を町内で調達し、京子のバイクの後ろに簡易クーラーボックスを括り付けて持
って行く。
主食の米はキャンプ二日分、及川が二キロ、約一升四合持参する」。
熊谷とそれぞれが事前に調整していたらしい役割分担が熊谷の口から語られた。
「走行距離は三日間とも宮城県地図、岩手県地図から概算してある。走行所要時間は距離の一・五倍、制限速度六十キロの所も
含め時速四十キロで計算した。早め早めに目的地に着くかも知れないけど及川と二人で話し合って無理の無いプランにした。こ
こまでで質問は?」。
「佳景山駅から須江山までの距離はどのくらいあるのかしら?」
と梨花だ。
「往復二キロ弱とみている。駅前広場から歩くつもりだけど須江山近くに駐輪出来そうだったらそこまでバイクで行く。歩く距
離を短くしたい。
二日目は丸々海沿いをツーリングだ。走行距離が約二百キロ。時速四十キロにしても五時間の運転になるので事故の無いよう
に所々で休憩を入れた。見学するのは女川原子力PRセンター、神割崎キャンプ場と周辺の遊歩道で遊び。ここで昼食にする。
そこを出ると気仙沼まで約八十キロある。途中の大谷海岸で海水浴、遊ぶことにしている。「気仙沼お漁いちば」で二日目の
夕食材料の一部を購入する。岩手県側に入って小友駅近くの蛇ヶ崎城址を見て、キャンプ場、碁石海岸到着だ。
蛇ヶ崎城は藤沢の陣や浜田の陣と歴史に残されている合戦の仲裁役を果たした及川掃部頭の城のあった所。ここまでで質問
は?」。
「はい、海で遊ぶ大谷海岸一時間は足りなく無い?」。
また梨花の質問だ。
「夕食の準備と長い時間運転してきた疲れを考えれば、この日の終点の碁石海岸午後五時四十五分到着は変えたくない。そこか
ら逆算すると午後三時には大谷海岸を出発したい。海で遊ぶ時間を増やすには大谷海岸到着を早めるしかない。大谷海岸に到着
が遅れれば海で遊ぶ時間はもっと短くなるし、早く着けば遊ぶ時間を長く出来る」。
熊谷が解答すると、また梨花だ。
「女川原子力PRセンターの見学が到着九時二十五分なのに見学九時半からというのはどうして?」。
「うん、センターの開館が九時半となっているんだ。計算上は五分間の時間的ロスになる」。
しっかり応える熊谷もさすがだけど、俺は、ちょっとした資料を見てすぐに聞いておきたいこと、着眼点のしっかりした質問をする梨花に感心した。
「三日目は走行距離約百八十二、三キロ。出発は碁石海岸キャンプ場午前九時。大東・大原に行って大原城址を見学。その後、
猊鼻渓をパスして唐梅館城址を見に行く。猊鼻渓は東の耶馬渓と言われる日本百景の一つだけど船下りの所用時間が往復セット
で九十分となっている。その時間が無いのと、皆、小学校の時に修学旅行で行っているから今回はパスする。直に唐梅館城址に
行く。
その後、国道四号線の奥州街道に出て岩谷堂まで行く。途中、前沢で「牛の博物館」に寄り道する。ネットで調べたら面白そ
う。丁度昼時になるのでそこで昼食を摂る。入館料が三百円。
それから奥州街道を北上して岩谷堂城址を見学。えさし藤原の郷を見よう。入館料五百円。見学の時間を一時間三十分にし
た。そこからの帰りは平泉、一関、花泉だ。三日目についての質問は?」。
また、また、また梨花だ。
「特に無いけど、藤原の郷を見るのは皆初めてかしら」。
誰も過去に見学した者は居なかった。間もなく女性三人の集合時間になる。熊谷が腕時計を見ながら、また明日何か変更すること等が生じたら連絡を仕合おうと言った。それを合図に女性三人は控室兼更衣室になっている藤沢スポーツプラザに向かった。