(サイカチ物語・第三章・藤沢野焼き祭り・23)

 

 腕時計は三時半近い。美希の部屋に戻って、すぐに熊谷の携帯に電話した。キャンプ場を利用したい日まで間が無い。急ぐ必要がある。熊谷がすぐに電話に出た。

「古城巡りに行くよ」。

いきなり、俺の意思を伝えた。

「どうした。何かあったか?」

「何かはどうでも良い。それより、ツーリング、キャンプに行くと決めた」。

「分かったよ。ありがとう。行こうぜ」。

「日程的には十四、五、六日でどうだ。野焼き祭りが終わってる。調べた岩手県南と宮城県北の天気予報では十一日から十六日が

 安定している。十七日は一日雨の予報だ。十八、九(日)は学校が始まる直近だから避けた方が良いだろ。

(古城巡りの)行き先は前に熊谷が言っていたところで良いと思う。明日、美希を送って学校へ行くから、どこかで会えないか。

 巡るルートとキャンプ場を何処にするか、話し合いたい」。

 一気に言った。

「美希を学校まで送ったらその後、俺ん()に来いよ。ツーリングのルートを決めるのに地図とネットを使う必要が有る。目的地ま

 での距離と所要時間、古城等の見学の時間。食事と休憩を取る場所、そのことも考えてキャンプ場を選択する必要があるん

 だ」。

 俺と美希は行き先をどの方向、どの地域と決めてキャンプ候補地を絞ったけどそこまでの道順等を具体的に当たってはいない。熊谷の言う通りだ。提案を受け入れた。

「明日、美希を学校に送り届けて、その後、お前ん家に行くよ。九時ちょっと過ぎになる」。

「(朝が)早いね。分かった、良いよそれで。二時間ぐらいもあれば計画できると思う。午前中だね」。

聞き耳を立てていた美希だったけど改めて約束できたと美希に話した。

 四時を過ぎたところで俺は帰ることにした。小父さんが玄関口まで態々(わざわざ)俺を見送りに出て、ありがとう、これからも宜しく頼むと言った。美希の部屋を出るとき、俺は美希と熱い抱擁とキスを交わしたばかりだ。小父さんを前に悪いことをしているようでもあり気恥ずかしい思いもした。はい、とだけ応えて帰ってきた。

 この先の事もある。夜、食事が終わって父と母に初めて美希のことを離す気になった。

 父や母にとって家が近いと言うだけではない。佐藤家とは農産物の育成や出荷等に協力し合い、日用雑貨を買いに来る小母さんや美希と親しく話し、時には家族ぐるみでお花見や紅葉狩りをしてきた長い間の付き合いがある。明子は過疎化と少子化が進む中で家が近いこともあって美希とは小さい頃からの遊び相手だ。美希姉ちゃんと慕い、一人っ子の美希は明子を妹のように思い、時々、明子の部屋に遊びに来てもいる。

 父はいつもの焼酎のお湯割りだ。母も妹もまだ食卓テーブルでお茶を啜っている。

「俺は今日、さっきまで佐藤さん家に行ってきた。実は、・・。佐藤さん家の美希さんが若年性乳がんで、長期治療が必要になっ

 た」。

 父も母も明子も驚いた顔を向けた。今日一日の美希ん()の動向を話した。朝から三人が揃って町民病院に行ってきた、美希の治療方針が決まった、治療の内容が抗がん剤の投与と放射線治療になる、その頻度がどうなのかと美希から聞いたことを話した。

「小父さん小母さんは家にいたか?」。

「昼間の事?、さっきの事?。居たよ」。

「どうしてた」。

「どうもこうも、心配してた。元気がないように見えたけど淡々としていた」。

応えたけど、父の質問がボケているような気がする。

「この間、旦那の方から米川の義姉(ねえ)さんが亡くなったって聞いたばかりなのに」。

「美希は死なないよ、馬鹿な事言うなよ」。

俺は思わず声を大きくした。

「夏休みだけど美希は明日からも学校に行く。野焼き祭りでよさこいソーランを踊るための練習に行く。俺、美希の送迎をするこ

 とにした。ここを朝八時半前に出る。

  それから熊谷や何人かの友達と話し合うようになるけど十三日から二十日までの間で一泊二日か二泊三日でキャンプに行って

 くる。まだ行先も日にちも決まっていない」

「勉強の方、大丈夫なのか」。

「大丈夫、勉強するよ。送迎する日は図書室で勉強する」。

「たいしたこと無ければ良いけどね」。

 たいしたこと有るから、皆、心配しているんだ、母の言葉にそう言い返したかった。だけど、俺が自分の苛立ちを現わすだけのことだ。口にするのを止め、お茶を手にして二階の自分の部屋に戻った。机を前に昼間の美希の家での事を改めて思う。