(サイカチ物語・第三章・藤沢野焼き祭り・20)
十六
美希は、夏休みに入っても藤沢野焼き祭りの日までよさこいソーランの部活は毎日あるという。俺は当然、その送迎を買って出た。しかし、美希は激しい運動だと手術した傷口が少し痛む、傷口をもう少し養生したいと梨花達に告げ、八月一日の病理診断が出るまで練習を休むことにしたという。
「俊ちゃん、その間、勉強に集中してね。会えない日は朝八時。携帯でラブコール、五分間」。
そう提案した。なぜ八時なのか、なぜ五分間なのか、その理由が分からなかったけど了解した。
美希が凡そこの一ヶ月、俺が受験勉強に集中出来ていない事を気遣って自分から決めたルールらしい。学校が夏休みに入る前日の帰り道、PCXに乗った俺の背中で言う表情が見え無かったから、どんな思いでそう語っていたのか分からない。俺自身は送迎の機会が無くなり一日の楽しみが消える、そう思った。
八月一日。今日は美希が小父さんの自家用車で町民病院の外来に行く日だ。病理検査の結果が出て、診断と今後の治療方針の説明がある日だ。
朝八時キッカリに電話が来た。
「お早う。俊ちゃん、元気してる?。ちゃんと勉強してる?。私はもうすぐ家を出る。帰ってきたら、俊ちゃんにちゃんと伝える
ね。また迷惑掛けるけど明日から送迎を頼んで良い?」。
よさこいソーランの練習は朝九時から午前中だと聞いていた。
「勿論良いよ。美希が練習中、俺は図書館で勉強するよ」。
「ありがとう。俊ちゃん。ア、イ、シ、テ、ル」。
一語一語に区切って美希は言った。俺も、愛してると言おうとしたら、じゃあ、行くねと言って先に携帯が切れた。電話の終わりの方に、行くぞーって、小父さんの声が入って聞こえた。
午後一時前だった。携帯が鳴った。美希からだ。俺は食事を途中のまま自分の部屋に戻った。階段を上りながら、転移は無かったと聞いた。ホッとした。机の前の椅子に座って聞いた。
「化学治療と放射線治療は必要だって。第一回の化学治療の時に一泊二日の入院が必要と言われた。化学治療って抗がん剤の投与
のことだよ。入院したその日に一回目の抗がん剤を投与して一晩経過を診るんだって。それで問題が無ければ翌日には退院だっ
て。でもその翌週から同一の曜日に外来で抗がん剤の点滴投与を受けることになる。二時間から三時間を見て下さいって。
六ヶ月以上もかかるんだよ」。
そこまで聞いて俺は今どこから電話しているのかと聞いた。六ヶ月かかろうが一年かかろうが美希が治れば良い。
「帰ってきた。今、自分の部屋からよ」。
「俺は、行こうか?、美希ん家にいこうか?」。
駆けつけたい気持ちになった。小父さん小母さんもいるだろう。詳しく聞きたいと言う気持ちと美希に会いたい気持ちに駆られた。
「ううん。大丈夫。明日からよさこいソーランの練習に参加する。野焼き祭りで必ず踊る」。
宣言した。行くか行くまいか、ちょっと躊躇った。俺が会いたいのだ。
「もう少し聞いてくれる?。車の運転はダメだって、点滴にアルコール分が入っているんだって。点滴に取られる時間以外は授業
を受けられるって。でも・・」。
そこまで言うと、少し声が途切れた。
「頭の毛が抜けるんだって。ふふふ、美希丸坊主よ。尼さんになっちゃう」。
電話の向こうで、また含み笑いの声がした。
「ウイッグ、鬘よ、それで対応出来ますって。それに放射線治療が月曜日から金曜日まで」。
「えっ」。
思わず俺が声を出した。取られる時間は?そう思った。
「でも、大丈夫、学校の帰りに寄って一日五分くらい。約一ヶ月するんだって。それだけでも俊ちゃんに一杯迷惑掛けるね。
ごめんなさい、送迎宜しくお願いします」。
馬鹿、何言ってんだよ、と思ったけど口にしなかった。美希は続けた。
「病院の化学治療の開始。主治医の佐藤先生にわがまま言って夏休みが終わってから始めたいって、二十日以降にしたいって言っ
た。それで八月二十二日からって了解してくれたよ。
ね、俊ちゃん、この間、熊谷君がツーリングにキャンプ、行かないかって俊ちゃんを誘ったって言ってたでしょ。アレ、行かな
い?。美希も連れてって欲しい。きっと京子ちゃんとか梨花ちゃんも誘えば行くって言うよ。美希行きたい」。
「俺は、やっぱり、これから美希の家に行くよ」。
良いとも何とも返事がない。美希は明日朝八時半。坂下のいつものところで待つ。送迎お願いしますと言う。授業があって登校する日より四十分遅い待ち合わせ時間だ。