(サイカチ物語・第三章・藤沢野焼き祭り・18)

 

                  十四

 薄曇りだった。美希の九日ぶりの登校になる。いつもの時刻いつもの場所に行くと、小母さんと一緒に立っていた。

「宜しくお願いします」。

 俺がPCXを停めると、すぐに小母さんの言葉だ。美希は長袖の白いシャツに紺のスカート、白いソックスは変わらない。

 ただ、いつもの鞄の代わりに教科書や筆記用具を包んでいるのだろう風呂敷包みを腰より少し上に巻くようにしてお腹に結びつけていた。いつものヘルメットを被っている。

 跨がった美希の状態を確認しようと後ろの方を見て、坂上で小父さんが見ているのに気づいた。俺はヘルメットを被ったまま小父さんの方に頭を下げた。美希の両手が俺の腹の前辺りにとりついた。

 行ってきます。俺と美希が殆ど同時に小母さんに声を掛けた。

 いつもより路面の窪みや段差に気を配り、そして、いつもより少しスピードを落として走行する。たった一日会わなかっただけなのに、言わずに居られない。

 「美希、愛してる」。

 風を切りながら、言葉にした。

「俊ちゃん、愛してる」。

 腹回りにある美希の両腕に力が入った。俺の背中に美希が頬を擦り付けた。胸の膨らみも温もりも余計に感じられる。

ゆっくり走った分、駐輪場に着いたのも校舎に入った時刻も何時もより少し遅かった。

 俺と美希が教室に入ると、誰が最初に手を叩いたのか拍手が起きた。すぐ後から岩城先生が顔を出した。ガイダンスの時間だ。先生が教壇に立った。

「目の前に居る通り、今日から佐藤美希さんが出席します」。

それから美希に発言したいことがあればと促した。自席で立った美希は拍手で迎えられて嬉しかったと言い、感謝の意を現わして、ありがとう御座いますとクラス仲間の皆の方に頭を下げた。再び拍手が湧いた。一呼吸置いて言った。

「私の病気は乳がんです」。

 キッパリと言った。

「若年性乳がんの診断で、右腕の腋からリンパ腺を取って今、病理検査中です」。

 背筋を伸ばしていた。

「でも勉強に支障がありません。合唱部の練習にも、よさこいソーランの練習にも参加します。宜しくお願いします」。

 誰にということもなくまた頭を下げて着席した。

「えっ」。

 驚く声が上がった教室は一瞬静かになった。梨花が誰よりも先に拍手した。頑張ってねと言う。皆の拍手が続いた。

ガイダンスが終わり、ちょっと休憩が入った。木曜の一時限目は岩城先生の国語だ。先生は職員室に戻らず、そのまま美希の周りに集まる女子生徒やトイレに立つ生徒の動向を見ていた。

 

 昼時間には美希を励ますように美希の机周りで弁当を摂る女子生徒の姿が目立った。

一日の授業は何事もなく終わった。俺は図書室に居る、美希にそう伝えて図書室で参考書を広げることにした。梨花と京子が美希を誘って合唱部の練習と、よさこいソーランの練習をしに教室を出て行った。歌う方はともかく、踊れるのか見学に回るのか、ちょっと気になる。踊りに耐えられる息ができるのか。傷口の痛みはないのか、まだあるはずだ。

 

 美希の家の坂下に着いた。

「送迎に特に問題は無いと小父さんに言うんだぞ。心配しているから」。

「分かっている。大丈夫。ありがとう」。

 PCXに跨がったまま、美希のキスを受けた。

「じゃあ、明日」。

 見送る視線を背に感じながら愛車を走らせた。朝のことも思い出して二人乗りも良いなって思う。息切れがする、踊れずに見学に回っていた、と美希は言っていた。