(サイカチ物語・第三章・藤沢野焼き祭り・17)

                 十三

 七月十八日水曜日。新聞部の部活で教室に三人が残った。俺も熊谷も京子も再提出だった仲間の回答を集めていた。数は揃った。後は中身の点検だ。電子産業の関係に従事したいという。その産業の製造、販売、管理、プログラム作成等の何に従事したいのか漠然としすぎた回答もある。でも、何々の関係に従事したいとか何々の方向に進みたいという回答をOKとしたのだ。それで良いと言うことにせざるを得ない。

 他にも同じような回答に洋食、和食、中華、その他なのか飲食関係に従事したいと回答したのが一人居た。無限大と書いてきた佐々木良二は海外で日本食堂経営と書いていた。三人で少し笑ったけど、マジ、海外に目を向けて将来の夢を回答した仲間は他に誰も居ない。

 まだ分からないから未定と書いたのにと、苛立ちを見せた芳賀は公務員という回答だ。他は服飾デザイナー、トリマー、酪農と具体的に回答している。先週作った原稿枠に熊谷が入力してみた。三十八名の顔写真枠の確保と将来の夢、目標を整理すると発行予定のA三判の新聞の一面の五段途中までの枠を要する。

 これに、どういう見出しを付け、見出しの次の前書きを何て書こうかということになった。

「見出しはツイシ(・・・)でどうだ」。

「ツイシ?、どういう事、ツイシって?。あの追試験の追試?」

「漢文さ。()げんかな(こころざし)。それを縮めると『遂志』、遂げるという字と、志という字の二文字」。

 熊谷と京子の(言葉の)やり取りだ。俺は熊谷の説明を待った。彼の事だ。提案の理由がちゃんとあるはずだ。

「岩城先生がこの間、この町の生んだ俳人、高橋(たかはし)東皐(とうこう)の話をしただろう?。家に帰って親父に聞いたばかりの高橋東皐の話をし

 た。そしたら親父は東皐の事を知ってた。与謝蕪村に蕪村自身の春星という俳号を譲られた俳人として有名だ。こんな田舎でも

 誇れる偉人だと言いながら、その書も優れている、東皐の書に「遂志」と言うのがあるって言ったんだ。

 縦百二十五センチ、幅五十七センチの大きな紙に短穂という穂先が短くて太い筆。それで書いたんだって。筆力が凄い」。

「見たの?」。

「親父が研究発表したこの町の方の冊子を持っていて、それに写真が載っていた。たった二文字。それを縦横の紙の大きさで実物

 を想像したら凄いなと思った。写真でも紙一杯に凄く太くて堂々としてた。あの時も、親父が迫力あるねって言った」。

 熊谷の提案に、見ていないけど俺も京子も賛成だ。俺達の将来の夢、目標にピッタリの見出しだ。俺はそう思う。

見出しは一行の真ん中に遂志の二文字、カギ括弧付。そう決めると、その次の導入のリード文をどうするか、三人で話し合いながらまた検討した。

「私達の将来の夢、目標はここにあります。最後の卒業生となる全員が、今のそれぞれの思いを語ることにしました」。

そして阿部君から始まる。そのリード文にしようと、三人の意見が一致した。

「後は事務室の仕事だね。外の原稿との兼ね合いだ。レイアウトの仕方や割り付けで読み手の受ける印象もかなり違ってくるけ

 ど、取りあえず先生に報告しよう」。

熊谷の意見に俺も京子も頷いた。

 パソコンから複写機に学校新聞掲載の案となる原稿を打ち出してみた。三人とも、これでいいんじゃないかと意見が一致した。美希の将来の夢がなぜ絵本作家から看護師になっているのか気になった。俺の欄には、商社マン又は歴史の発掘にかかる業務に従事すると打ち込まれている。これを読んだ人が何だ?と思うだろう。自分でもそう思うけど、熊谷が俺の言うままに変更してくれていた。

 京子は、よさこいソーランの練習に講堂に向かった。熊谷と俺で先生に報告する事になった。職員室を覗くと、先生は机に向かって何かしている。熊谷が声を掛けると、教頭先生の机の前にある応接セットに俺達を誘った。熊谷が教室で打ち出した原稿案を渡しながら今日の三人の検討状況を報告した。

「良いね」。

 先生は、「遂志」という見出しを確認すると、熊谷と俺の顔を見て言った。先生はスイシと読んだ。三十八名全員揃ったんだねと確認するように言った。各自の顔写真は卒業アルバム製作の時に一人ひとりの写真を撮るからそれを使おうと言った。そう言われて俺達は写真のことをどうするとも考えていなかったことに気づいた。

 先生は、後は事務室と外の原稿との調整で割り付けの概略が決まったら君達に相談するよと言った。そして、後は受験勉強に集中だぞ、二人とも頑張れって言った。

 退院は無事に済んだかな。坂道を熊谷と下りながら美希を思った。

「先生に勉強に集中って言われたけど、この間の話、ツーリング考えてみたか?」。

「もうちょっと考えさせてくれ」。

 熊谷は美希の事も忘れていなかった。

「今日退院したんだろ。美希ん()に寄るのか」。

「いや寄らない」。

「明日はいつもの通り二人で登校するの?」。

「美希は運転できない」。

「えっ」。

 熊谷が驚いて声にして、俺の方に顔を向けた。

「手術したところに影響するのか?、誰か車で送迎するの?」。

「ゆっくり走らせるからバイクの振動は大丈夫だろうけど・・。雨風の酷い日は美希のお父さんが自家用車(くるま)で送迎する、普段は俺

 がPCXの後ろに乗せて送迎する」。

 美希の腋の下のガーゼの当てられた箇所が思い浮かんだ。熊谷は、今度は驚いた顔をせず、うんと首を縦に振った。明日、登校したら美希の病名も運転できない理由も分かる。