(サイカチ物語・第三章・藤沢野焼き祭り・11)
九
七月十一日水曜日。いつものところで傘を差して待っていた。朝から生憎の雨だ。勿論カブの姿は無い。俺はPCXを停めて、差し出す傘の中に入った。美希は前に見たことのある襟にピンクと黄色の花柄の刺繍の入った白い半袖のブラウスにピンク色のスカート、赤色の長靴だ。腰に赤い細いバンドを巻いている。両手で傘を持つ肩を抱いた。いつもより長めのキスをした。
「気をつけてな、小父さんも小母さんも一緒だろ?」。
「うん。帰りは必ず寄ってね」。
PCXに跨がった俺は、返事をしてエンジンを吹かした。
授業中も今頃は町民病院に着いた頃だとか、手術を受ける前の検査が行なわれているだろうとか、小父さん小母さんはどうしているんだろうとか、結局、どの時限の教科にも俺は気持ちが集中しなかった。一時限目の授業が終わった所で、京子が、美希、休んじゃったけど、何か知っている?と聞いてきた。首を横に振った。
美希は、昨日の学校の帰りに十八日までの予定で欠席届を出した。理由に乳がん手術のためとハッキリ書いたと言った。受け取った岩城先生が驚いて顔をまじまじと見たと言っていた。
授業が終わると新聞部の部活で教室に残った。アンケートの再提出の接触状況を三人で確認した。今週中には全員の回答が揃いそうだ。掲載順をどうするかの話になって、男女交互掲載が良いねと話しが出たけど、それだと男子生徒と女子生徒の数が違うから後ろの方は数が多い男だけが並んでしまう。結局、在籍が普通科であろうと農業科であろうと関係なく男女別、アイウエオ順に載せることにした。
そう決まると縦に二・五センチ、横に二センチの大きさの写真が入ると仮定して、そこは空白。その下に生徒の名前を横書き、左横に将来の夢又は目標を記入する。そのレイアウトでパソコンを使って新聞原稿になるよう打ち込んでみることになった。
熊谷が教室の片隅に置かれていた一台のパソコンに向かった。俺と京子は入力する生徒の順番を確認し、回答を並べる。熊谷が普通科の阿部正雄君から入力し始めた。まだ回答を提出していない仲間の分は空欄にして入力を続けた。
途中、俺が熊谷と交代した。三十八人分を入力するとなると簡単なように見えて時間がかかった。あと八人分となったところで今度は京子が、代わってと言い、俺と入力を交代した。午後四時頃から始めた掲載する順番並べと入力する文言の確認、入力の一連の作業が終わったとき俺の腕時計は午後五時を少し回った。
プリンターで打ち出してみると、まあまあじゃないか?と熊谷の評価だ。A三判の学校新聞の出来上がりを想定して一段に八人分を入力した。それだけで五段途中までの枠を要した。これに見出しを付けると一ページの全体七段枠組みの丸々五段を使うことになる。まだ提出のない分のスペースを大きめに取ったけど、回答が全部揃ったところで改めて精査すればもう少し全体スペースが少なくて済むだろう。他の記事との関係でもレイアウトは違ってくる。次週には再提出者の回答を必ず埋めて再検討しようということになった。
解散したときは五時半近かった。京子が、よさこいソーランの練習仲間にこれから顔を出すと言って講堂に向かった。熊谷は部活の報告と一緒にアンケートの回答用紙をまた先生に預かって貰うため職員室に向かった。俺は熊谷に、悪いけど先に帰ると声を掛けて下校の途についた。部活の間も、早く美希の病室に向かいたいと気になっていた。
外はまだ明るい。町民病院の受付窓口で美希の病室を尋ねた。窓越しに見える事務室内の壁時計は午後五時四十分を指している。
「今日入院された方ですね?。佐藤美希さん」。
女性事務員が業務日誌というのか、入退院記録簿というのか、めくりながら確かめるようにフルネームを言って、私の顔を見た。
「二〇三号室です。階段を上ってこの上辺り」。
人差し指で事務室の天井を指した。エレベータを使う必要も無い。廊下を挟んで目の前に見える階段を上った。
小父さん小母さん達がまだいるのだろうか、部屋の前でふと思った。ノックしても返事がない。ドアをそっと開けた。美希一人だ。食事が終わったばかりらしい、洗面台の前で歯を磨いていた。浴衣姿だ。外はまだ明るいのに窓のカーテンは既に引かれている。
この窓からだと正面に館山が見えるはずだ。病院の食事は早い。床頭台の上に食べた後のトレーがまだ置かれていた。俺はベッドの側にあった丸いすに鞄を置くと、トレーを廊下に停めてある保温保冷車に運んだ。部屋に戻ると、美希が言う。
「鍵を閉めてくれるー」。