(サイカチ物語・第三章・藤沢野焼き祭り・9)
「はい」。
美希と一緒に居間に上がった。一度、座布団の上に正座したが足を伸ばせという。
「夕食はまだだろう、何もないけど一緒に食べて行け」。
小父さんの誘いに戸惑って側に立つ美希の顔を見た。首を縦に振る。それを見て、はいと返事した。美希は着替えてくると言うと、縁側の廊下に消えた。
小母さんがキッチンに立った。流し台の右横にガステーブルがある。そのまた横に整理戸棚に乗った炊飯器と電子レンジがあり、その少し横、手前に冷蔵庫が横向きに置かれてある。流しの台の左横は昔ながらの板戸で出来た食器類の戸棚らしい。小母さんの動く後ろ姿を俺はみるとはなしに目で追った。
小父さんが俺の家に電話を入れた。簡単な挨拶の後、俺が佐藤家で食事をしてから帰ると伝えてくれた。何か言っている父の声がした。ええ、そうなんです。ありがとうございます。いや、そういうことは無いです。葬儀は米川のことですから。こちらこそ、娘がいつも面倒見て貰って俊明君には感謝しています。ありがとうございます。遅くならないようにします。では、お休みなさい。小父さんの声だけが分かった。
美希が戻ってきて小母さんを手伝い出した。白いシャツとソックスはそのままだけどスカートが膝辺りまであるオレンジ色に変わっている。何か話ながら手を動かし始めた。
「大学は何処に決めた?。専攻は何か、決めたの?」
小父さんの質問だ。俺は昨夜調べたばかりなのに、この先どうなるかも決まった訳でもないのに、もうぶれない。そう思いながらW大の文学部、日本史で歴史学、歴史文学を専攻しようと思っていますと宣言するように言った。父にも母にもまだ話していない。言っていないのにちょっと力が入った回答になった。小父さんが意外そうな顔で見た。
「そう選択した理由はあるの?」。
「はい。古代も中世も近世の日本史にも日本全国、まだまだ隠れている史実があると思います。この町の歴史にも意外と知られていない歴史があります。鎌倉幕府との繋がりや、織田信長や豊臣秀吉と関係のあった葛西晴信の逸話や、伊達政宗の治政、この町が生んだ大槻玄沢や高橋東皐など江戸時代の偉人が隠れています。時代を遡れば阿弖流為との戦いの蝦夷平定や世界遺産登録を目指す藤原文化があります。
自分に何が出来るかまだ分らないけど、勉強していく中でそういう歴史上の発掘、記録されていくべき史実を伝える仕事に従事したいと思っています」。
俺はこの半年の間に岩城先生から聞いた郷土の歴史的な事を念頭に置いていたけど、小父さんには俺の話が漠然としすぎていて理解し難かったろう。
小母さんと美希が、目の前のテーブルにおかずとなる料理を並べ始めた。白菜の漬け物と沢庵。この地域では一年を通していつも出される付け出しだ。煮豆が小鉢に出された。小皿には皮のむかれた焼き茄子にレモンの輪切りが添えてある。ハンバーグがメインデッシュだ。一つ一つの大皿にレタスが敷かれハンバーグが乗り、ポテトサラダと茹でた人参が添えてある。小母さんがいつも座る席の側にある魔法瓶と茶道具が退けられ、そこに炊飯器と鍋敷きを敷いて汁鍋が置かれた。
小母さんと美希もテーブルに付いた。昨日と同じで美希が土間に近い方の俺の右に座った。小母さんが味噌汁とご飯をよそって配る。揃って、いただきますの声だった。これがこの家のやり方なんだなと思った。
食事が終わると、小母さんがお茶を淹れて三人に配った。
「一度、俊明君の夢をゆっくり聞きたいね」。
お茶を啜りながら言う小父さんの目は優しかった。美希はこの小父さんの目を継いだのかも知れない。
「今日、遅かったのは?」。
私の応答を待たずに、美希に話を向けた。
「よさこいソーランの練習に参加してきた。俊明君が心配して待っていてくれたの」。
俺はその言葉に合わせて首を縦に振った。
「梨花さんから説明があって藤沢野焼き祭りによさこいソーラン部が出演する。これからは月曜から金曜日まで部活で練習。八月に入ったら十一日の本番に向けて毎日練習するって、私も参加する」。
美希が宣言した。小母さんが何か言いたそうにした。
「六日の金曜日に病院に行くので、その時にお医者さんに相談してからだね」。
小母さんの口を遮るように小父さんだ。小父さんは俺以上に美希の病気と体力の関係が気になるはずだ。手術と治療方針の覚悟の回答を家族で金曜日までに主治医に伝えなければならない。美希はネットで若年性乳がんを検索したのだ。自分の病気の事をある程度知った上で話している。小父さんはそのことを知っているのだろうか。
「今、学校の図書室を利用して勉強しています。図書室は夕方六時までで、美希さんの練習がちょうどその頃に終わります。迷惑でなければ帰りは一緒にします」。
美希が、ありがとうと言った。
夜も八時を回った。
「余り遅くなると俊明君のお父さんに申し訳ない。朝から美希はお世話になりっぱなしで、今日はどうもありがとう」。
小父さんの気遣う言葉を機会に席を立った。そして、朝からって、あれっ?って俺は思った。
表に出ると生暖かい風が吹いていた。ポツンポツンと雨が降り始めていた。天気予報通りみたいだ。見送りに出た美希に、明日も学校に行くよな?って確かめて、キスをした。