(サイカチ物語・第三章・藤沢野焼き祭り・6)

 

 父の話は意外だ。右名沢は地名で、俺ん()のすぐ側だ。俺は岩城先生に借りている吾妻鏡の別巻にあった系図の中の山内(やまのうち)首藤(すどう)を思い出した。右名沢の首藤さんは藤原の流れを汲むのかな?。

 俺は父に、葛西晴信まで続いた葛西氏は平泉藤原四代を潰した後に胆沢、水沢辺りから石巻、女川辺りまでこの地域一帯を源頼朝から所領として貰った。奥州総奉行・葛西清重の治政に始まり鎌倉時代から四百年続いた。そして及川や千葉、畠山、小野寺、熊谷などこの地域に見られる人の苗字は鎌倉幕府の御家人だった者達の氏姓につながっていると話した。岩城先生に聞いた話の内容だ。父は感心した様に俺の顔を見た。そして言った。

「この地域は今でこそ何処にでもある過疎の村だけど、昔は製鉄産業で鉄砲に刀、農業用の(すき)(くわ)作りに(なべ)(かま)だって立派な物を造った。キリスト教の伝来で新しい文化が芽生えた。そういう時代の先を行く場所だったという歴史がある」。

 酔いが回ってきたためか、俺と久しぶりに共通の話題を話せるためか珍しく自慢げに語る父の舌が軽い。父の話は葛西晴信の時代に始まった事なのだ。しかし、父は製鉄産業の誘致もキリシタンの伝来も伊達の時代だと思っていたと言う。父もこの町の人々も平泉藤原文化から一気に時代を飛び越えて伊達の殿様で歴史を語る。岩城先生が指摘するように約四百年も続いた葛西時代が埋没している。

 俺は、岩城先生の話を思い出しながら葛西一族が滅亡に至った政宗の謀略を話した。父は勿論驚いたけど、その後に話したキリシタン伝来の謂れになるともっと驚く反応を見せた。この地域の製鉄産業の誘致に当たった浪人、千葉土佐は葛西一族であること。その妻が長坂太郎の娘と古文書にあって、長坂太郎は葛西一族であり奥州千葉一族の宗家でもある一関唐梅館の当主だと言ったら、それは知らなかったと驚いていた。

 またキリスト教伝来に関して、大八郎、小八郎が一五五八年にクリスチャン大名の宇喜多秀家の所領から来たから、その時に大籠地域にキリスト教が入ってきたと根拠づけるのにはかなり無理があると言った。父はもっと驚いた。 

 この地域では一五五八年が、耳にタコができる程、この地域にキリスト教が伝来した時として定着している。俺は先生に聞いたことを父に話した。

「キリシタンの伝播は最初は九州地域内と今の山口県山口市辺りに限られていた。そこからキリスト教が東の方、京の都に伝わったのさえ一五七〇年頃と日本キリスト教史にある。また、宇喜多秀家が生まれたのは一五七二年。クリスチャンに改宗したのが一五八七年頃と伝えられている。それを証明する古文書も見つかっているそうだ。大八郎、小八郎が大籠に来た一五五八年よりも宇喜多秀家の生誕は十四、五年後、その秀家が改宗したとされる時と三十年もの開きがある。宇喜多秀家の所領の岡山から大八郎、小八郎が大籠に来て、その時にキリスト教も伝来したというのは辻褄が合わない」。

 父は目を向いた。そして言った言葉は、じゃあどうすれば良いんだ、だった。

「岩城先生は、葛西晴信とその時代の千葉土佐にもっと着目して調べる必要があると言ってた。俺、今、凄く歴史に興味がある。この地域の事だけでなく、隠された全国の歴史、その発掘に凄くロマンを感じる」。

 父とこんな話をするなんて思ってもいなかった。小学、中学生の頃に家の前でキャッチボールの相手をしてくれたときの父とは話すことも多かったけど、高校に入ってからは段々とキャッチボールも会話も途切れていた。同じ屋根の下に、しかも身近にいつも居るのに、何か分らないけど父と何年かぶりにまともに顔を見ながら話をしているような気がする。父は杯を重ねた。俺も一緒に飲めたらと思う。

 壁時計は午後九時を回った。母が、入浴して何時もの休む時間だと言う。明子はとうに自分の部屋に行ってる。それを機に俺も自分の部屋に行くことにした。

「上野の佐藤さん()、ご不幸があったみたいだ。奥さんの姉さんが米川で亡くなったらしい」。

父が母に言うのを背中に聞いて俺は食卓を後にした。美希のことを今は言えない。

 部屋に戻ると机に向かった。受験生らしく目の前の壁には目指せW大学合格なんて書いた紙を張り出している。美希の事が頭の中を()ぎったが、ネットで学部紹介を開いた。今までは政経学部しか頭になかった。文学部の中にコース設定がある。英文学とか仏文学とかロシア文学とか専門的に自分が進みたいコースを選べるようになっている。日本史コースの演習テーマが古代、中世、近世、近現代とある。これは魅力だ。

 国立なら東北大学でも良い。そう思って東北大学の学部紹介を見た。専門的に自分が進みたいコースは研究室という形で選択するようになっている。W大と同じように英、独、仏等の文学研究室が並んでいる。しかし、歴史文学をやってみたいと俺が思っている事にヒットするものが見つからない。一時間ほど続けて他の大学も検索してみたけど、文学部もW大だな、そう思うと、俺は初めて目標が決まったような気がした。

 消灯してベッドに横になると、父との会話も学部検索も忘れて、美希のお父さんの頬を伝う涙が最初に思い出された。美希。焦点の定まらないまま天井を見て、美希の名を口にした。小母さんのその後も心配だし、美希の手を両手で包んだ時の事を思い出して俺は涙が出てきた。涙が止まらない。