(サイカチ物語・第三章・藤沢野焼き祭り・4)

 

 病院の説明だと木曜日が手術日で、水曜日の入院になる。早ければ明後日(あさって)入院が可能と言われたけれど一週間待って貰うことにしたと言った。それを聞きながら、俺は美希をこのまま放って帰れない。俺はどうすれば良いんだ。そう思うと美希の左手を握っている右手に更に力が入った。

「お父さん、美希の部屋に俊ちゃん連れて行って良い?、少し二人で話したい」。

美希が泣き顔を上げて小父さんに言った。小父さんはちょっと驚いた顔をしたけど、少し間を置いて言った。

「俊明君が良ければ・・」。

 承諾した。それで美希は今日初めて俺の方に顔をまともに向けた。泣きはらした腫れぼったい瞼だ。立ち上がるときも、この部屋から縁側に出るときも先に立って歩く美希の左手は俺の右手を離さない。

 ドアを閉めた美希が体をぶつけてきた。両手を俺の首に回し唇を求めてきた。初めて美希の舌を吸った。背中に回した両手でこれ以上無理だと言うほど美希を強く抱きしめた。昨日とは違って美希の体の温もりを腕にも手のひらにも指にも感じることができる。密着した胸の鼓動も、お腹の辺りのうごきも俺は受け止めた。時間が止まるとはこういうことなのだろうか。しばらくの間、ずっとそうしていた。そうしていたかった。

 唇を離すと、また美希が求めてきた。何度か繰り返して、美希も少し感情を抑えることが出来るようになったのだろう。俺の胸に右頰を押しつけて俺の胸の鼓動を聞いているような気がした。俺は美希の左耳に初めて、愛してる、と告げた。

 もう一度、求めるままにキスをしてベッドの端に並んで座ることにした。昨日ネットで知ったばかりの言葉で、乳がんのステージ(進行状況)がどの辺になるのかと聞いた。それを聞いたからといって俺が治療方法の選択やアドバイスを出来るものでも無い。でも、手術は仕方ないとして、術後の静養と治療方針等に俺も参加したいと思う。

「腋窩リンパ節レベルがⅡの転移ありという診断。ⅡB期に当たると言われた。腫瘍(しゅよう)の大きさが中程度なんだって。広い範囲に石灰化が広がっていないから乳房温存手術が可能で、術後、放射線治療が必要になる。必要なときは薬物療法も行なうようになる。腋窩リンパ節の切除が必要だと説明を受けた」。

 そこまで言うと、美希は乳房切除は絶対イヤだと言い、そうなりたくないと言って俺の胸に縋り付いてきた。美希の微かな髪の臭いを感じながら俺は左手で肩を抱き右手で美希の左頬をなでた。少しの間そのままでいた。

 美希が不意に体を離すと、俺の右手をつかみ自分の右胸に押しつけた。この辺りだという。シャツとブラジャーの感触に胸の膨らみと体温を感じる。美希が、見る?と言う。俺の返事を待たないで白いシャツの上ボタンを一つ外した。俺は美希の両手を俺の両手で包んだ。美希を見たい。美希を抱きたい。俺は自分の胸の鼓動を感じながら頭の片隅で小父さんの信頼を思った。美希の両手を包み握ったままだ。

「愛してる、だけど今は良い」。

 美希は緊張した顔をしている。腫れぼったい目だけど俺を見つめる瞳がきれいだ。

 その後、症状に気づいたのは何時、知るキッカケきっかけがなんだったのかを聞いた。それから小父さんが心配するといけないといって部屋を出た。部屋を出る時、美希を抱きしめ、一緒だよ、愛してる、といって俺からキスを求めた。

 居間に戻ると、小父さんの姿が無かった。美希は、お母さんの所だろうという。寝室に当たる和室が居間から右奥に続いていると言う。

 玄関に回ると、西陽を浴びた柿の木の陰が玄関前の地面に陰を映していた。ヘルメットを被りPCXに跨がると、ハンドルを握った俺の右手に手を重ねてきた。俊ちゃんありがとう。その言葉に俺はハンドルを握ったまま美希の方に唇を突き出した。美希の熱いキスが返ってきた。