(サイカチ物語・第二章・葛西一族の滅亡・46)
十八
帰りがけに武将の名前のコピーを貰って先生の家を出た。家に帰ったら絶対父に見せたいと思う。父は結構歴史好きなのだ。奥州仕置きに対抗するために出陣したというこの近隣地域の城主の名前を見てどんな反応をするだろう。驚くのは間違いない。
午後三時半近かった。夏らしい青空で陽射しがまだ強い。お暇を告げ、見送る先生と奥様の視線をしばらく背中に感じていたけど道を曲がって左右に田んぼと畑の広がる公道に出ると、バイクの話になった。
「自動車教習所の教習消化はスムーズにいった?」。
熊谷君が聞く。改めて気仙沼に行ってきた後のゴールデンウイーク後半から教習所通いをしたこと、パッケージ化された時間よりも二時間余計に運転練習をさせられたこと、実技試験を二度受けたと話した。及川君が、それぐらいで済めば上等だと言う。
「免許取り立てだから乗りたくてウズウズしてくるだろう?」。
「そうなの。どこか遠出をしたい。美希ちゃんと何処か行こうかな。あのバイクの音って結構人を興奮させるよね。猛々しくなる」。
すると熊谷君だ。
「千葉さんって男っぽいのかな」。
「なに、それ」。
三人で笑った。
「七月二十二日だから・・三週間後か。モトクロス選手権。第七戦東北大会の予選、決勝だって」。
及川君が、通り道にあった一軒家の壁のポスターを横目に歩きながら言った。
「モトクロス、見に行ったことある?」。
そのまま聞いてきた。
「あるよ。父に一回、(藤沢)スポーツランドがオープンしたばかりの頃、連れてって貰った。格好いいよね。仮面ライダーが乗るみたいなオートバイでしょ。お父さんが凄く興奮してた。私とお母さんはハラハラどきどき、低いところからコブを越えて十メートル近くも飛ぶ場面ってあるでしょ。あれって凄いよね。ルールは分らないけど爆音とライダーの格好良さに惹かれる。それにあの時優勝した人、イケメンだった」。
自分で言って自分で小さく笑った。
「この町でも全日本モトクロス選手権が開かれるようになって何年になるのかしら。藤沢スポーツランドに入場料払って見たのはその一回だけ。後はタダ観よ。だって、向かいの道路からだって大会が観られるんだもの。全部は見えないけど殆ど観れるでしょ。それに爆音は聞こえるし、興奮を伝えるアナウンサーの実況放送も聞こえてくるんだもの。
会場内に六、七千人で道路組、近くの山側からただで観る人、数百人よね。見たい時は私もその一人よ。この時ばかりは新沼地区も町の中もオートバイに乗った若い人達で一杯になるもんね。毎年の風物詩よ」。
及川君、モトクロス観に誘ったつもりだったのかしら。熊谷君が何時か古城巡りをしたいねと言った。
「先生の言うのをメモしていたでしょ。行くとしたら何処?」。
「やっぱり寺池、佐沼、須江山だね。大船渡線沿線で唐梅、大原、及川(君)の及川繋がりで浜田の陣や藤沢の陣で仲裁役をしたという及川掃部頭の蛇ケ崎。
外に岩谷堂。藤原の郷も良いけど大崎領の岩出山城かな。大籠の鉄を運んで城を修築したって先生話してたじゃん。そこにも行ってみたいね。何も残っていないかも知れないけど興味がある」。
「ねぇ、二、三日、夏休み中に行ってみない?、美希ちゃんも誘ってツーリング」
私が提案した。熊谷君も及川君も受験勉強があるからだろう、反応しない。熊谷君が言った。
「佐藤さん大丈夫かな?」。
「明日、きっと、お早うって元気に登校して来ン(るん)じゃない?」。
私の誘いに反応しなかった分、つっけんどんな言い方になった。家に帰ったらもう一度美希ちゃんに電話してみようと思った。及川君が何か言おうとしたけど口にしなかった。
その後、夏休み前に藤高新聞に載せるアンケート結果をまとめて事務室に出そうと、道々話した。
赤坂神社の石段下も過ぎ、上町を十軒ほど街の中に入って石田金物店の前で熊谷君と別れた。彼のお父さんが営む熊谷医院は真っ直ぐ進み、もう少し下った中町にある。
私と及川君は石田金物店の前を左に折れて進む。父の営む酒店である私の家は、この先十四、五軒先だ。途中、信号のない右からの道路にぶつかる。その右側の道が郵便局や役場に通じ、高校の坂道の上り口につながる。
及川君にバイク気を付けて帰ってね、と言って別れた。及川君と美希ちゃんの住む大籠地区は私の家の前を通って十二、三キロ先になる。学校の駐輪場からオートバイに乗った及川君が、やがて戻って私の家の前を通り過ぎる。
(次回から、サイカチ物語・第三章 藤沢野焼きまつり)