(サイカチ物語・第二章・葛西一族の滅亡・45)

 

 奥様は先生に話題づくりを投げた。先生は苦笑いしながら、さっきまで葛西一族の滅亡を話していたからなア、と左手で白髪交じりの後ろの方を掻いた。及川君が少しばかり笑い声を立てた。

「よさこいソーランの方はどうだ。講堂から音がよく聞こえてくるね」。

 先生の言葉に、参加している私が応えた。

「毎週月火水の三日間を練習日にしています。皆が振りを一通りマスターしたので踊る時にお互いの呼吸を合せることに余り問題が有りません。後はメリハリの付け方です。見得を切るところ、見る人が注目する場面を何処に持っていくかってことで梨花さん中心に話し合っています。ただ残念なのは最近、畠山寛二君が練習に来なくなったことです。彼に何があったのか分りません」。

「お披露目する機会ってあるの?」

 奥様の質問だ。

「はい。野焼き祭りのステージでどうかって、祭り実行委員会に先日、梨花さん達何人かで申し込みに行ってきたそうです。ステージでの演目に入り込む余地があるのかどうかまだ分りません。出演となったら月火水の練習だけでなく練習日を増やすことにしています。ステージで無くてもあの縄文の炎の燃える中央付近で踊っても絵になると思います」。

「あっ、それの方がいいんじゃない。演舞の披露は夜よね?。グランド会場の真ん中に縄文の炎でしょ。周りが暗い中、井桁に組まれたあの十メートル近くも火柱の上がる縄文の炎の周りで鳴子を鳴らしながら踊る。群舞する貴女たちに観客の目が一層集中するわよ。その方が、ステージに上がってさあ見てくださいよりズーッと良いわよ。うん、そうしなさい」。

「おいおい勝手に決めるなよ」。

 続いた先生の言葉に皆が笑った。

「今年は、確か八月、十一、二日と聞いたけど、土日?」。

「はい、そうです」。

 熊谷君が応えた。

「昔は曜日に関係なく旧盆にかけて開催されていたけど、最近は八月の第二土日開催だね。定着したのかな。どのくらい作品が  集まるんだろう」

 続いた先生の質問だけど、その辺の事になると熊谷君がきっと詳しい。熊谷君のお父さんは地区自治会の会長であり藤沢野焼き祭り実行委員の一人だ。

「作品は千百から千二百。今年も校庭一杯を使って焼窯が十四、五基必要だろうって父が言っていました」。

 やっぱり熊谷君の答だった。

「縄文土器風から現代作品まで町民等の思いのこもった作品を一同に介した十数基の窯を使って一晩で焼き上げるなんて、全 国、外に何処にもない行事だよ」。

「父の話だと、特別審査員の一人に今年は池田満寿夫さんの奥様、佐藤陽子さんを招くそうです」。

「亡くなられた岡本太郎さん、池田満寿夫(ますお)さんにも支援して貰ったもんね。その御陰で縄文式竪穴住居再現を祝うときの付録だった土器作りの野焼きが今では何十年も続くこの町最大のイベントになったもんね。

 この町の縄文時代関係を調べていて野焼き祭りのキッカケを作った考古学の塩野半十郎先生にも、また著名人お二方にも町としては感謝仕切れないね。縄文ホールの前庭にある岡本太郎さんの作品「縄文人」だって今では億単位の値が付くだろう。高さ1.6メートル、重さ420キロだっけ?、この町にとっては金に換算できないプレゼントだったね」

 先生の言葉の後に、一足気の早い出場決定の奥様のご託宣だった。

「今年も天気だけは良くあって欲しいわ。又一つ、よさこいソーランの楽しみが加わるわね。皆さん、お(なか)足りた。及川君、どう?」。

「はい。腹一杯です」。

 結局、直径二十センチ近くもある豚肉入りのお好み焼きを六枚、海鮮風を五枚焼いた。一等最初の半月型二つを計算に入れると全部で十二枚焼いたことになる。及川君の食欲には驚いた。私も奥様も先生も一枚ちょっとは食べたけど、熊谷君が二、三枚食べたとしても及川君は四、五枚食べたことになる。体育会系ってやっぱり凄い。

「お茶にしましょう。コーヒーにする?、紅茶?、緑茶、どれでも」

 奥様の呼びかけに、俺はコーヒーが良い。及川君が言うとそれで決まりだった。奥様がコーヒーにしましょうと締め切った。私は奥様の指示通りにマヨネーズとソース、青のりを冷蔵庫に収め、その横にある低い戸棚の引き出しに残った削り節のパックを返した。

 キッチンの流しにボールや取り皿、箸、返し金等を運ぶと、ボールに取り皿等を入れて暫く水につけて置くという。その間、先生が、奥様から渡されたキッチンペーパーを使って手際よくホットプレートの油を拭き取り、買ったときの商品ケースに片付けるのに驚いた。何時もこうして協力しているんだと感心する反面、自分の父はこういうときに母を手伝う所って見たことないなと思った。熊谷君も及川君もどう思って見てるんだろう。二人は座ったままだ。

 奥様のコーヒーメーカーの準備も手際がいい。たちまちキッチンにコーヒーの好い香りが漂いだした。