(サイカチ物語・第二章・葛西一族の滅亡・42)

 

「東皐さんは蕪村の弟子で、この町の俳人であり書家だった人だ。生涯をこの片田舎にあって京の都に居る蕪村の指導を受けた。その蕪村から蕪村自身の俳号である『春星』を贈られている。

   東皐さんは春星二世と言うことになる。先生が認めるほどの俳人だった。江戸後期に雨月物語を書いた上田(あき)(なり)も東皐の句集「(おく)美人(うましびと)句集」を評して、一声に千里の春や奥美人と一句を詩っている。東皐にかかる研究も今後あってしかるべきだと思うね。西の良寛、東の東皐とまで評された人と伝わっている。あの句碑に刻まれている句は「鶯の声滑らかに丸く長し」だ。

 あと、行って見た方がいいのは古城だけでなく、やっぱり自然の景色。千葉さんがさっき言っていたけど、海の見える景色はいいね。風光明媚なリアス式海岸線は何処に行っても青い海と白い波、黒々とした断崖絶壁、緑濃い松林があって癒される。

   宮城県側になるけど南三陸町の(かん)割崎(わりざき)が一番印象に残っている。海の青と白い波、海に浮かぶ巌。そして、松の緑。そのコントラストが素晴らしかった。

   気仙の米ヶ崎城址は広田湾に突き出た岬にある。景色が良い。そこにあの葛西晴信に楯突いていた浜田広綱の墓碑があったのは意外だった。浜田の乱や藤沢の陣の際に仲裁役を務めた及川重綱はその隣の蛇ケ崎の城主だ。どちらの城址にも武運の神様、八幡神社があった。君達も何時か機会があったら私が上げた古城に行ってみると良いね」。

   先生の最後の言葉は、私には話の終わりを告げる言葉に思えた。

「熊谷、古城巡りもいいね」。

及川君の言葉に熊谷君はニコッとしただけで、口をついて出たのは佐藤さん、遅くないか?だった。熊谷君も気になっていたんだ。

「もう一時近いもんな。電話掛けてみる。先生、ちょっとベランダに出ていいですか」「構わないけど、ここで電話していいよ」。

「ありがとうございます」。

 及川君が席を立とうとしたら、彼の学生服の内ポケットで着信音が鳴り出した。彼の普段の言動とは到底結びつきそうもないアメージインググレイスだ。あれっ。美希と同じ曲なんだ。

「どうした。皆待ってるぞ」。

   美希ちゃんの声が聞こえないうちに及川君の声が先になった。態度に出していなかったけど及川君は待ち焦がれていたみたいだ。先生が右手を上下して及川君に座るよう合図する。細い美希ちゃんの声が漏れて私の左耳に入ってくる。

「意外と時間がかかったから今日は失礼する。先生に済みませんって謝っておいて欲しい」。

「体の方は大丈夫か?」。

「大丈夫。心配ない」。

「私に代わって、貸して」。

及川君の目の前に左手を出した。

「今、千葉さんに代わるよ」。

そう言って及川君が座った。

「もしもし、美希ちゃん、体の方はどうだったの」。

座ったままの姿勢で聞いた。

「大丈夫だよ、心配ない」。

「まだ、もう少し先生ん()にいるよ。()ない?」。

「ごめんなさい、少し調子良くないから今日は失礼する」。

「運転大丈夫?」。

「大丈夫、大丈夫。心配しないで。及川君に言ったけど、先生にお詫びしといてくれる?。千葉さんにも熊谷君にもごめんなさい。失礼しまーす」。

 美希ちゃんの声が途切れた。及川君には言わなかった調子良くないの言葉に、それ以上誘いの言葉を掛ける気にならなかった。それより、美希ちゃんのバイクの運転の方が気になった。

「美希ちゃん、今日は来られないそうです。済みません」。

先生は軽く頷いた。

「皆、お腹すいたろう。もう、一時だもんな。下に行こう。妻が今朝なんか張り切っていたから何かあると思うんだ」。

私達三人は、如何(どう)しようかって声を出さないままお互いに顔を見合った。先生は、構わず立ち上がる。

「さあ行こう」。

私がドアに一番近い。私が立つと及川君も熊谷君も立ち上がり、結局、先生を先頭に部屋を出た。