(サイカチ物語・第二章・葛西一族の滅亡・12)

   

   表に出ると、家の中よりはるかに暖かい。町並みに当たる陽射しが朝から強かった。赤坂神社の前には先に及川君と美希ちゃんが居た。熊谷君はまだ来て居無い。

「アレッ、美希ちゃんも一緒?」。

 声をかけたら、美希ちゃんは首を横に振る。

「休日診療の特別の約束になっていて、これから町民病院の内科に行くの」。

 青白い顔をしていた。着ているワイシャツが白いからだけではない。ちょっと貧血気味だという。

「一人で行くの?、誰も付いていて行かなくて大丈夫?、今日はここまでどうやって来たの?」。

 立て続けに聞く私に、ちょっと笑顔を見せた。

「カブで来たよ、カブは学校の駐輪場においてきた。大丈夫、一人で行けるよ」。

 その返事に構わず、私は言った。

「及川君が付き添ったら」。

「俺はバイクで来るときも、さっきもそう言ったんだけど、大丈夫だって言うんだ。岩城先生の家に後から行っても良いかって言うから、診察が終わったら連絡くれって話していたんだ。熊谷と千葉さんに了解して貰おうと、彼女、それで待っていたんだ」。

「了解だなんて、そんなの()らないじゃない。診察が終わったら、体に障らなかったら後で電話をくれれば良い。岩城先生ん()の 場所、分る?」。

「及川君に聞いたから大体分る。分らなかったら電話する」。

 私達が待ち合わせにした赤坂神社の石段下は道が二手に分かれる。町並みから続くバス通りの道を石段下で左に曲がると隣町の千厩町に行く。バス通りを外れ、石段下の右側の車が一台通れるだけの細い道がこれから行く岩城先生の住む徳田方向になる。

 熊谷君が町並みの緩やかな坂道を歩いて来る姿が見えた。待っている美希ちゃんが体調悪いんだから早く来て、と思った。だけど待ち合わせの約束時間にはまだ余裕がある。

(そば)に来た熊谷君が右手を挙げながら、お早うと声をかけた。三人でお早うと返したけど熊谷君も美希ちゃんの姿にアレッと思ったみたいだ。

「美希ちゃんはこれから町民病院に行くんだって。診察が終わったら後で先生の所に来るって」。

 美希ちゃん及川君に代わって、先に状況を話した。首を縦に頷きながら聞く。

「何処が悪いの?」。

「女性に余計なこと聞かないの」。

 美希ちゃんの代わりに応え、美希ちゃんに気をつけて行ってらっしゃいと言った。それを合図に、連絡するね、と言って右手を軽く振って別れを告げた。美希ちゃんは熊谷君が歩いてきたばかりの道を反対に下って町並みを行く。町民病院は役場の隣に少し離れて建てられて在る。学校の駐輪場に戻るようなものだ。

  三人で見送ると、手土産(みやげ)をどうするかと、そのまま立ち話になった。及川君も土産持参に賛成したけど、いざ先生ん()に持参する物となると簡単に決められなかった。町に二軒ある和菓子屋さんで選ぶか、スーパーの御贈答品から選ぶか、先生と奥様宛てなのか自分達も一緒に口にする物にするのか決まらない。私は時間が無いよと言った。先生の家までここから十分はかかるだろう。和菓子でも何でも購入してここに戻って、先生との約束の時間を守るには余裕が無かった。私は熊谷君を責めるような口調になりそうで手土産(みやげ)はまた今度の時にしましょうと話を打ち切った。

 先生の家に向かって歩き出すと、熊谷君が気持ちを切り替えるように言った。

「今日から七月か。朝から暑いね」。

「昨日は少し雨がパラついたけど昼から雲間が切れた、青空も見えて気温が高かった。今日は、もっと気温が上がるんじゃない?」。

 私が熊谷君の話を受けた。

「このまま夏になっても良いと思うけど、それじゃ空梅雨で農家の人が後々大変になるしなあ」。

及川君の心配に熊谷君が応えた。

「天気が良いのは今日だけで、明日から一週間は雨模様だって、今朝の天気予報で言ってたよ」。

 足下の舗装された道は乾いている。家並みが途切れ、周りは田や畑の緑の景色に変ってきた。三、四十センチに伸びた稲の繁る水田が広がり、近くの畑には添え木のあるキュウリ、茄子、トマト等の畝が緑色を増している。小川の流れる小さな橋を渡ると、田んぼの畦道の手前に立てられたホタルの里の看板が目を引いた。

「ホタルか、しばらく見てないなー」。

「そう?、もったいない。自然の風物詩だ。俺の家の近くを流れる川ッ渕はもう少し経つとホタルだらけだよ」。

「ホント。知らなかった。美希ちゃんに言って今度ホタル狩りに寄せて貰おうかな」。 

 先生の家は赤坂神社の石段下から七、八百メートルの距離だ。二十戸ほどの集落が田んぼと畑の中の新しく開発された土地の一角にある。及川君が、熊谷君と私の返事がどうあれ、先生に三人一緒に行きますと伝えてあると言う。

私が先生の家のチャイムを押した。