(サイカチ物語・第二章・葛西一族の滅亡・9)
梨花ちゃんが小学校の先生と回答し、私は看護師と書いた。いつか二人で看護師の仕事も良いねと話したことがある。美希ちゃんが看護師と回答しているのに驚いた。彼女はイラストや漫画を書くのが得意で、好きで将来は子供達が夢を持てる絵本作家になりたいと聞いていた。どうしたんだろう。美希ちゃんの回答を見てから何か急に他人の秘密を覗いているような気がした。及川君も熊谷君も他人の回答をみてどのように思っているんだろう。二人の顔を見た。回答を広げるまでは、さて何が書かれているかなと笑顔を見せて軽い気持ちで言っていた二人なのに、今は何か緊張しているように見える。
「将来はまだ分りません」、「まだ見つかっていません」、「未定」が想定外に多かったからではない。みんなが真摯に将来の自分を、正に将来の夢、目標を語っているからだ。その証拠に全員が署名して回答している。茶化した回答は無い。卒業間近になって本当に皆が将来を考えている証に思える。
同時に疑問が湧いてきた。私達の年頃に将来はこれと言える人が何人、何割の人がいるだろう。「分りません」、「見つかっていません」、「未定」と回答した仲間に不安もあるだろう。「無限大」と回答した佐々木良二君のように限りない夢も希望もあるはずだ。「将来は分りません」等も真面目な回答だ。だけど、学校新聞に載せることを前提にしている。それらの回答の扱いを三人でどうしようかと三人で話あっていると、職員会議が終わったらしい、岩城先生が顔を見せた。
「今、回答が期限の三十日を待たずに集まったので、各自の回答を確認していたところです。将来の夢や目標が「まだ分らない」、「見つかっていない」、「未定」と寄せられた回答の扱いを、どうしようかと協議していたところです」。
熊谷君が軽く頭を下げてから説明した。先生は頷きながら傍にあった椅子を引き寄せて着席した。暫く考えていた。それからの返答だった。
「正に将来の夢なのだから、ぼんやりとした回答でも良いんじゃないかな。何々の方向に進みたいとか、何々に携われたらとか、そういう分野を示す書き方で。ただし、その前段に「未定」とか「まだ決まっていませんが」を入れる。それで該当する生徒に一度交渉してみたらどうだ」。
及川君が熊谷君を見て、それから私の方を見たけど先生の提案に三人とも異論はない。「交渉は、回答を受理した人の方が、話がスムーズにいくだろう」。
三人とも頷いた。及川君が男子二人女子一人、熊谷君が男女各一人、私が男子二人に話すことになった。
「事務室への提出は全部揃ってからで良いよ」。
先生のアドバイスに、手元の今の回答を先生に一時預かって貰うことにした。先生がその間に皆の回答内容を見せて貰っていいかと話されたので、三人が揃ってはいと応えた。
腕時計を見るともう午後五時半を回っていたけど、窓の外は夏至を過ぎたばかりで未だ真昼のように明るい。及川君だ。
「先生、間もなく小田原城陥落ですね。奥州仕置きが始まる前ですよ。伊達政宗と葛西晴信の運命やいかに、の季節ですね」。
岩城先生が声を出して笑った。及川君が何時か奥州仕置きと葛西一族について話を聞かせて欲しいと言っていた、彼らしい岩城先生への催促だ。熊谷君が聞いた。
「岩手県史に出てくる葛西真記録って、信憑性があるんですか?」。
「そうだね、葛西真記録は千六百年前後に書かれたものと言われているから、葛西一族が滅亡して間もなくの書だ。そのことを考えれば、戦記物だけどかなり信憑性は高いと思うよ。その話を始めるとまた長くなるから、今日は帰りなさい」。
二人はまた私に分らないことを言い出した。家に帰ったら、インターネットで奥州仕置き、葛西晴信、葛西真記録を引いてみよう。教習所通いで熊谷君から又借りした岩城先生所有の吾妻鏡第一巻、二巻をまだ半分も読んでいない。免許を取るための学科試験の勉強もしなければならないのに。
昨日、家に帰って夕食の後、インターネットでこれから一週間の天気予報をみた。土曜日は曇り時々雨、日曜日は晴れの予報だ。それを見て胆沢の県南免許センターに日曜日に行くことに決めた。その後で熊谷君と及川君の言っていた奥州仕置き等を検索した。奥州仕置きと葛西晴信、葛西真記録の概要を伝える物は、これが一番分りやすいかなと思うものでページ数が少ないものをプリントアウトしたけど、吾妻鏡にも出てくる初代葛西清重から始まる葛西一族とか、一族を伝える物は凄いページに渡ることが初めて分った。裏表印刷にしてもかなりの枚数になる。読んでいる時間が無い、オートバイの学科試験合格が先だ、そう思って、葛西一族物語等の印刷は又の日にすることにした。
今朝、母に今度の日曜日、七月一日に胆沢の県南免許センターに行ってくると伝えた。