(サイカチ物語・第二章・葛西一族の滅亡・7)

 

 六月一日、金曜日の午後一番の社会の時間は校長先生の特別授業になった。普通科も農業科も生徒全員が視聴覚室に集められた。席は何処でも構わなかったから皆仲の良い者同士で集まる。先生が来るまでは教室内が賑やかだった。 

 私の周りは勿論、愛ちゃん美希ちゃん、梨花ちゃんだ。熊谷君が私の隣りに座ったのには驚いたけど、誰も何も言わない。嬉しかったし優越感が湧いた。

 校長先生の授業は月曜日から予定されている三者面談に掛かる講話だった。校長は、自分の将来のことに関することだから親の前であっても自分の思っていること、自分が何をしたいのかどの方向に進みたいのかをはっきりと言いなさいと言った。それを聞いて自分の娘、息子の考えていることを初めて知る親が意外と多いのだという。 

 進学するにしても何をしたいのか何を身につけたいのか、それを明確に持たないと中途退学に陥りやすい。その一方で、君達のために親が用意した入学金や授業料等の大金があるのだと言った。おろそかに出来ないお金なのだと言った。私が仙台にある看護学校に行ったとして、父母は授業料にアパートの費用、生活費を仕送りすることになる。父母がいつも忙しく働いている姿を想像した。

 校長は就職組のことも話した。自分がやりたい事を決めていてそれに就ければ良い。しかし、大概は企業の求人情報から選択をすることになる。そう言って就職活動のルールを話し出した。高校生の就職活動・採用活動は学校教育優先で、その上で就職の機会を得られるようにハローワークと学校と求人企業との間で連携して進めるのだと言う。 

 一定の時期までは一社に応募したら他社を選べない。一人の生徒が応募出来る企業は一社だ。生徒は応募した企業から内定が得られなかったときに初めて他社の企業に応募出来るのだと言った。また、内定すれば原則、必ず就職しなければならないのだという。生徒の間に、えーっていう声が漏れた。私も驚いた。そういうルールになっているなんて初めて知った。

 そして三年も経つと、大企業であれ中小企業であれ新規高卒で就職した人の約四、五割は離職するのだと言う。サラリーマンで一生を一企業で勤めて済む時代では無くなった。だからこそ自分が何をしたいのか、どの方向に進みたいのかをよく考えて三者面談に臨みなさいと言った。

 自分の好きなことをして生活が成り立つようになる人は限られている、しかし、自分がやりたい仕事に向き合うことと、疑問を持ちながら仕事をするのとでは全然気持ちの持ち方も働く歓びも違ってくる。人間が生きていくうえで働くことは宿命だ。勤めることになった職場で働く喜びを見つけられると良い。しかし、それが出来ずに転職するのも仕方の無いことだ。転職を考えるようになったら原点に戻って、まず自分がしたいことは何か、どんな仕事をしたいのかを改めて考えなさいと言った。

 そして、次の職場を見つけるまでの当面の生活費、蓄えはあるか等事前準備を怠るなと言う。次ぎに働く場を探すのは容易な事ではない。それどころか、初めて就職した職場よりも高い給料を保証するところを見つけるのはまず難しい。転職を繰り返す度に収入が減った、生活に困る。正社員になりたい。何度も聞かされた君達の先輩の声だと語った。校長先生がそういった話をする頃には生徒は皆真剣な目になっていた。教室が嘘みたいに静かだった。

 校長先生は、日本の就職事情はまだまだ中途採用者、転職者の知識、経験、能力の人材を買うという状況に無いと言った。給与所得者の三割を超える人が正社員になりたいと望んでいる現状なのだと言う。だからこそ、自分で満足が得られるように自分がやりたい職を探す、そのために資格が必要だったらその資格取得を優先にする事が大事だと言った。 

 私は看護師、愛ちゃんは獣医、美希ちゃんは絵本作家、梨花ちゃんは小学校の先生。いつかみんなで話した将来の夢、目標を思い出した。熊谷君は勿論お医者さんだろう。いずれ町に帰ってきて熊谷医院を継ぐのかしら。傍に私がいる。そんなことを思っていると、また校長先生の言葉が耳に聞こえてきた。

 少子化から君達のような若年労働者はどんどん減少する。人手不足になるのは君達も外国人労働者の受入れが社会的に論議されているのをみていて分かるだろう。人手の確保優先のために徐々に転職者の処遇も改善されるとは思うが、世の中はそう甘くない。進学する人もやがては就職する、人間、働いて生きることは宿命だ。罪を犯さないかぎり職業に貴賎はない、どんな仕事を選んでも、何度転職しても真面目に向かえば誰かが認めてくれる、社会に出たら自己責任が全てに求められる、と言った。

 生きるって、大変なんだ。なぜかまた父母が店の中を動き回る姿と、お客さんに頭を下げている姿が頭に浮かんだ。看護師になりたいと父母の前で言ったことはあるけど、何処の学校に行きたいと言ったことは無い。三者面談では、仙台の看護専門学校に行きたいとはっきり言おう。私が進学するだけで父母にはまた新しい負担が出るのだ。そう思いながら校長先生の続く講和を聞いた。

 一週間後に三者面談の私の順番が回ってきた。母が予定通りに参加してくれた。事前に提出した進路希望調査書のとおり私の看護師志望も仙台にある看護学校進学の選択も変わりはない。岩城先生は体調を崩さないようにして受験に臨むようにと言ってくれた。