(サイカチ物語・第二章・葛西一族の滅亡・5)
そこへ、梨花ちゃん、美希ちゃん、愛ちゃんの三人が顔を出した。皆帰ったとばかり思っていたので思わず聞いた。
「どうしたの」。
「今度の金曜日に発表する、よさこいソーランを踊る衣装、鳴子等について農業科の教室で打ち合わせをしていた」。
愛ちゃんは農業科だ。衣装や旗等揃えるべき物は決まったけど問題は個人負担だと梨花ちゃんがいう。廃校一年前なのに、所属する合唱部の部を超えて卒業に向け男子も女子も一緒に何か共通するものをやった、成し遂げたという気持ちを持ちたいと、よさこいソーラン部の創設を言い出した当人だ。部の新設は、四月末の水曜日に行われた先生達の職員会議で生徒がこの一年をポジテイブに活動出来るようにと特別に認められた。
部活助成金で賄う旗やポール代は別にして、個人の持ち物になるお揃いの身丈百二十センチの長半纏が安くても四、五千円、半纏帯が二千円、Tシャツ千円、リストバンド二千五百円、ハチマキ千円、パンツが五千円、草履二千円、鳴子三千円で一人当たりの最初の個人負担が約二万円になると、今まで検討していたらしい数字が梨花ちゃんの口からポンポンと出た。そして、皆が納得して負担してくれるだろうかと不安を口にした。
「仕方ないよ、それくらい」。
最初に道具を揃えようと思えば野球部だって同じだと及川君が言う。
「個人所有の自分のグローブに五千円、ユニホーム代に部活の助成金が出ても個人負担三千円、アンダーシャツ千円、靴下千円、スパイク四千円、帽子三千円、それに個人のバット代となると二万円は超えるよ」。
「テニス部もラケット代に安くても五千円からかかる。部所属のラケットが何本かあっても、やっぱり個人のラケットを持つようになる。ボール代やネット維持に部活助成金が付いてもシューズやテニスウエアも含めて当初は個人負担に二万円はかかる。参加する人に理解して貰うしかないね」。
熊谷君も続いた。中学も高校も合唱部に所属してきた私は、改めて皆が部活にお金をかけているんだと驚いた。合唱部は何曲もの合唱曲が収納された譜面の冊子を部活助成金で二十部備えている。それを個人持ちにしたいと言うことで部員が購入する場合に個人負担があるぐらいだ。コンクールに出るときでさえ普段着ているセーラー服と上履きズックで特別に費用がかかることはなかった。ピアノの調律もメトロノーム等の確保も部活助成金で足りている。
及川君と熊谷君の個人負担にかかる費用の内訳話には説得力があった。梨花ちゃんも私と同じで中学も高校も合唱部だから運動部の経費負担がどんなものか分らなかった。二人の説明に梨花ちゃんの顔が和らいだのが分った。美希ちゃんも愛ちゃんも笑顔を見せた。
よさこいソーラン部って運動部?文化部?どっちだろう。時計を見ると午後五時を回っている。皆で一緒に帰ることにした。
職員室を覗くと先生方はまだ机に向かっていた。
「私が報告してくる。先に行ってて良いよ」。
三人を代表して岩城先生に部活ノートを提出することにした。
「先生。今日の部活ノートです」。
今日は検討したことのあらましを話して、ノートに記録してありますと報告した。
「うん、分かった。ご苦労さん。他の二人は帰ったのか?」
「昇降口で高橋梨花さんと佐藤美希さんと、農業科の佐々木愛さんと一緒に待っていると思います」。
「さっき梨花さん達が来ていた。まだ居たの?」。
隣の席から座ったまま高橋先生だ。
「はい、一緒に帰ります」。
壁一つ隔てて職員用の昇降口と生徒用の昇降口が並んでいる。その双方の昇降口の前は小さな校庭で、周りの桜の木もそこから続く坂道の桜並木も、もう既に葉桜に変わっている。坂道の途中にある大きな一本の八重桜だけが、濃いピンク色の花と茶色がかった葉を夕闇の中に広げて自分の存在を誇示している様に見えた。
他愛ないことを話しながら学校の駐輪場まで下って来ると、及川君がホンダPCXに跨がり、美希ちゃんがスーパーカブに跨がった。ヘルメットを被りグローブを着けるのを、私を含む四人が見ている。
エンジン音が響くと無性に自分も乗りたくなる。
「ジャ、また明日」。
別れを告げる及川君の声を合図に、私達四人が手を振る。
「さようなら、バイバイ」。
美希ちゃんの声がなんとなく弾んで聞こえた。走り出した二台のオートバイの背中に向かって、気を付けてネーと梨花ちゃんが声を投げた。
駐輪場から車道に出ると道はすぐ三方向に分かれる。熊谷君と梨花ちゃんが町中に行く真っ直ぐの下る道。愛ちゃんが左のなだらかな坂道方向で、町並みを離れて在にいく方向だ。愛ちゃんもカブを運転していく。今度は私が運転に気をつけてねと声を掛けた。それぞれぞれが、さよならの言葉を交わして分かれた。私は右側のJAのスーパーや郵便局のある町並みのある家路を急いだ。