(サイカチ物語・第一章・ルーツ・39)

 

「いや、及川姓はれっきとした清和源氏、清和天皇を祖とした(みなもと)一族だ。頼朝の挙兵の際に参陣している人物に(みなもとの)(あり)(つな)がいる。彼の弟が(しげ)(つな)でその成綱が但馬(たじまの)(くに)木崎郡(きざきぐん)、今の兵庫県豊岡市辺りの及川荘を所領として及川を名乗ったのが及川姓の始まりと言われている。兄の有綱が頼朝に参陣しており、成綱も鎌倉幕府に従っていたと見られているよ。その子孫が葛西家の家臣として下向したのではないかということで午前中話したけど、奥州の及川姓にはもう一つの説がある。

 有綱、成綱二人の父は源頼政(みなもとのよりまさ)。頼政は伊豆(いずの)(かみ)や天皇の秘書的役割を担う蔵人(くろうど)を勤め、平家全盛の時代にもかかわらず従三位の高い官位まで上っている。彼は下総守下野守となって赴任する父・(みなもとの)(なか)(まさ)に同行して東国に来た。その時に彼の落とした胤が居て、その子孫の一人が成綱と関係があり及川姓で奥州に土着したと言われている。

 頼政自身は平氏打倒の令旨を出した以仁王(もちひとおう)と一緒に頼朝より先に挙兵を計画した。平氏の知るところとなって宇治平等院の戦いに敗れ自害している。彼の墓は今も宇治平等院の敷地の中にあるよ。いずれにしても及川姓は源一族の末裔と言うことになる」。

「ええーっ、俺は源」。

 彼の大げさなリアクションに妻も含め皆に笑い声が生じた。

「午前中は奥州合戦後この町周辺を誰が貰ったか、東北に誰が下向して来たかと言うことで話したけど、さっきの後鳥羽上皇が一二二一年に起こした承久の乱、これが東国武士、鎌倉御家人とその一族を近畿、中国、四国、九州地方にまで広げるきっかけになった。破れた後鳥羽上皇は隠岐(おきの)(しま)に島流しされ、天皇家が管理していた荘園は事実上幕府の支配権の中に入る。 

 それだけでなく、その乱に加勢した京方の公家(くげ)、武士の持っていた所領が皆没収され、その数約三千カ所と言われている。それらが鎌倉幕府方の御家人に報賞として与えられたのだから、当然、氏姓の西国への分散拡張という事になる。

 九州や四国の人が自分の苗字のルーツをたどったら実は鎌倉幕府御家人だった。地頭の職を得てその一族郎党が鎌倉時代や南北朝時代に下向してきていたという例は多くある。例えば佐々木姓は岩手県で多く見られるけど、遠く離れた島根県江津市(ごうつし)に佐々木姓が多い。それは承久の乱の後、所領を貰った鎌倉幕府の御家人、佐々木(ささき)(よし)(きよ)が一族と下向したからと伝わっている。また、安芸(あきの)(くに)、今の広島県だね。そこにも安芸の佐々木といって今の安芸太田町に佐々木姓を持つ方が多く見られる。

 東京に足立区があるけど、その足立を苗字とする人が兵庫県の丹波市(たんばし)に多く見られるのは、武蔵国足立郡、まさに今の東京都足立区辺りから丹波市に地頭職を得て移住した人の残した苗字だ。宮崎県の臼杵郡(うすきぐん)の町々に今の山梨県を現していた甲斐の氏姓が多く残るのもその例だ。

 明治維新に活躍した西郷隆盛を輩出した薩摩藩、その藩主島津氏も鎌倉幕府の御家人で所領を貰って以来の旧家だ。それらを言い換えれば、頼朝の武家社会創設は奥州合戦と承久の乱をもって全国に守護、地頭制による土地の管理を徹底させたと同時に鎌倉武士、御家人の移動と氏姓を全国に広めた時代だ。

 歴史を学んで、自分の祖先がどこから来たんだろうって探るのは、思いがけない出会いとロマンがあって一つの楽しみ方だね」。

時間を気にしてまた壁掛時計に目をやった妻だ。

「あら、そんなこと、自分の趣味、凝っていることを人に押しつけちゃダメですよ。皆若くって、これからやること、やりたい事って一杯あるんですから」。

「いえ、今日の先生の話は面白かったです。鎌倉時代からの話だったけど、その前の縄文も弥生も奈良も平安の時代もあったわけだけど、現代の俺らにつながる祖先がどうしてこの地に来たのか、血の全国移動がどうしてあったのか、具体的に知ることができて良かったです」。

 熊谷君の言葉に他の二人も首を縦にした。

「血の全国移動か、面白い表現だね。確かにその通りだ。自分の住む地域の忘れられた歴史的な事実・事件を調べると、自分の祖先との思いがけない出会いがある。

 私が最初に調べようと思ったのは藤沢町史で知った葛西一族だった。四百年続いたその葛西一族が豊臣秀吉の奥州仕置きで滅んでしまったけど、始祖の葛西清重を知って吾妻鏡を知り、奥州合戦や承久の乱で所領の分配、地頭制の普及など日本史を学び、鎌倉武士、御家人の氏姓の全国移動まで知ることが出来た。

 君達の苗字にみる時を超えた歴史は、全く思いがけないことだったね。自分がどうしてここにいるんだろう、どこから来たんだろう、それを教えてくれるロマンが、自分の住む地域の歴史や史跡に隠されているね。明日、気仙沼に行くと言っていたね。現地を見れば机の上だけの話ではない、新しい発見と体験があるさ。楽しんで行ってらっしゃい」。

「はい」。

返事が熊谷君、及川君同時だった。