(サイカチ物語・第一章・ルーツ・38)

 

「江戸時代になってね、徳川政権が安定してくると、家康が吾妻鏡を印刷出版させて大名や武士達に読ませているんだ。家康の愛読書だったと言われている。鎌倉幕府政権の紛争を反面教師として、主君と家来のあり方や後継者の育て方、決め方などをそれぞれに考え対処しないと今が良くても、すぐ一族が滅びる、そうならないようにしなさい、と言うことだったんだね」。

「スゲーなァ、マジで。熊谷、知ってた?」。

   立てに首を振った熊谷君が、吾妻鏡の訳者の序の冒頭で吾妻鏡は徳川家康の愛読書だったって、確か慶長十年に家康が吾妻鏡の活字印刷を初めて刊行したって書いてあった、と加えた。

「俺、苗字からってんで頼朝に誰が随行して行ったか、なんの時にどういう名前の人がいたか、その洗い出しだけやってたからなあ。やべー。でも、先生の話、聞いてると面白いっすね」。

「君達は受験生、貸した本はなくならないから今年は受験勉強に集中、大学に入ったらユックリ読んで見るなり、苗字で自分のルーツ探しした方がいいよ。楽しみは取っておいた方がいい」。

「その本、今誰が持っているの?」

   千葉さんが割って入った。

「俺が一、二巻持っている、三、四、五は及川」。

「ねえ、私に貸して、先に読ませて、先生良いですよね」。

「君達が歴史に興味を持ってくれるのは嬉しいね。でも千葉さんも今年は受験生だよ。受験勉強優先に考えないと」。

「はい、勿論そうします。でも私は看護大か看護専門学校志望ですから、それほど競争がきつくないです。今日は初めて聞く事ばかりだったけど、凄く面白くて、凄く興味があります。読ませてください」。

「読むのも貸すのも一向に構わない。熊谷君、及川君の所に本が行っているけどね」。

「一巻目は読んだから本当は及川に渡すんだけどー」。

「ああ、いいよ。千葉さんに渡して・・・」。

「帰りに寄っていい?」。

   千葉さんも随分と性急だなと思いながら、私は三人の会話のスピードと簡潔さに彼らの若さを感ぜずにはいられない。

妻がそっと壁架時計を見た。つられて私も見ると、四時を少し回っていた。

「先生、一巻に千葉介常胤や胤正でしたっけ、どれぐらい出てきますか?」。

「どれくらいと言って、分量では言えないね。頼朝が石橋山で敗走し、房総半島で常胤等に参陣の声をかけて初めて会うことから、常胤が鎌倉に拠点を置くよう頼朝に進言すること、富士川の合戦に勝利して上洛したいと急く頼朝に、まだ早い、足下の敵を鎮めてからと戒めること、頼朝の寝所の警護集に胤正が選ばれたり、前にも言ったかな?、政子の妊娠を知った常胤が妻に腹帯を準備させること、頼家が生まれるとお七夜の儀を常胤家族が総出で祝ったこと、また源平合戦に参戦する常胤・胤正の動向が記録されている。

   貴志正造さんの第一巻は確か奥州合戦前まで、兄弟でありながら仲違いした頼朝が弟の義経を追討するところまでだったような気がする。葛西清重の活躍等も一巻に収録されているけど、奥州合戦での活躍や奥州総奉行になる話、所領として平泉やこの周辺を貰ったという話は第二巻だね。

   そういえば、葛西清重も頼朝の寝所警護十一人衆の中に胤正と一緒に選ばれている。当時、平家の意向を受けて朝廷から頼朝追討の宣旨が出されていて、頼朝に命の危険があった頃の話だね」。

「千葉さんは千葉一族か、熊谷は熊谷一族に興味有りか、俺は午前中の話だと直接に及川姓で目立つ鎌倉幕府の御家人は出てこなかった。この磐井郡周辺に所領を貰った者が居ないなんて何か寂しいなア」。

及川君のぼやきが出た。図体の大きい彼が肩をすぼめて小さくなるおどけた仕草に私は思わず笑ってしまった。