(サイカチ物語・第一章・ルーツ・34)

                八

「歴史って、こんなに面白いと思ったのは初めてです」。

 首を首をすくめながら千葉さんが感想を言う。そして、質問した。

「記録記述が削除されている年というのは、どういう年だったのでしょうか」。

「千葉さん、主人の話は長くなるって言ったでしょ」。

「ええ、でも興味あります。聞きたいです」。

「俺等も聞きたいっす。お茶貰って良いですか?」。

 及川君の催促に妻がまた笑いながら皆の分も淹れ直した。熊谷君は腕を組んで見守っている。

「まだまだ研究・考察していく必要のある箇所と言われているね。寿(じゅ)(えい)二年、源義仲(みなもとのよしなか)って言うより木曽(きそ)(よし)(なか)と言った方が皆は耳にしたことがあるかもね。

 義仲と頼朝は父親が兄弟で従兄弟(いとこ)同士。しかし、頼朝の父、義朝はその実の弟・義仲のお父さんを争い事から殺している。義仲にとって頼朝は父親の(かたき)の息子と言うことになる」。

「えーっ、どんな事情があったか知んないけど凄い話だな」。

 及川君の感想が入った。

「住むところは義仲が信濃(しなのの)(くに)、頼朝が伊豆()()と離れていたが、共に平家追討で意思を通じそれぞれに旗揚げした。

ところが、頼朝に敵対し頼朝から追い出された叔父を義仲が配下にして擁護したことから二人の仲が急に悪くなる。武力衝突寸前にまでいく。

 それを回避するために義仲は嫡男(よし)(たか)十一歳を頼朝と政子の間に生まれた大姫(おおひめ)、六歳の婿にする。実際は人質に差し出した。

その後、義仲は平家を京都から追い出し、頼朝より先に上洛する。平宗(たいらのむね)(もり)が天皇の三種の神器を持って都落ちしている。千葉さん、三種の神器って何か知っている?」。

首を軽く横に振る千葉さんだ。構わず話を続けることにした。

「代々天皇家に伝わる、天皇が皇位のしるしとして受け継いだという三つの宝物。八咫(やたの)(かがみ)(あめ)(むら)(くもの)(つるぎ)八尺瓊(やさかにの)勾玉(まがたま)と言われている」。

「ワー。(なん)か、いかにも古代から続いているって感じがしますね。ロマンがあってとっても良い。素敵」。

小さな子が思いがけず何か御菓子を貰ったときのような、いかにも嬉しそうな千葉さんの仕草に私も思わず笑みがこぼれた。

「しかし、義仲はその後の京の都の治安維持に失敗する。天皇の皇位継承問題に口出しして後白河法皇と対立し、法皇を幽閉するまでになる。その中で、義仲は(せい)(とう)大将軍(だいしょうぐん)の地位と院宣を要求し、仲違いした頼朝を排斥する行動に出た。

 しかし、翌年一月に逆に頼朝が派遣した頼朝の弟、源範頼、義経兄弟に滅ぼされる。ここで北條家に取って隠したかったのは何なんだろうね。和議を結んでいた義仲に隠れて後白河上皇(法皇から上皇になる)と頼朝の間で何か隠された秘密のやりとりがあったのかも、それで源範頼や義経を派遣した。義仲を裏切る取引が吾妻鏡の原文に書かれていたのではないか、謎だね。

 付け加えておくとね。頼朝に取って人質であり娘婿だった義高。彼と大姫は成長して幼いながらも仲睦まじかった。しかし、義仲を殺した頼朝は将来の禍根を断っておいた方がいいと、家臣達と話し合って義高の殺害を決める。

それを漏れ聞いた侍女が大姫に伝え、大姫は義高を女装させてある日の明け方に女官達の屋敷の出入りに紛らせて逃がすんだ。馬の蹄に綿を巻いて音がしないように細工して屋敷を出させ、鎌倉を脱出させた。

 その一方、(とし)恰好(かっこう)が同じ義高の近習を身代わりにして昼間はあたかも義高が屋敷内にいるように見せかけた。夜になってそれがバレ、頼朝は激怒する。追っ手を派遣し、追いついた武士が入間河原、今の埼玉県西北を流れる入間川の川岸で義高を殺してしまう。それを知った大姫は余りにショックが大きく心を病んで後々縁談を拒み続け、僅か二十歳で死んでいる」。

「カワイソー。益々吾妻鏡を読んで見たくなったわ」。

「なんか今でも通用しそうな映画、テレビのドラマみたいだ。ナア」。

言葉を振る及川君に熊谷君が首を縦に振り、湯飲みに手を伸ばした。