(サイカチ物語・第一章・ルーツ・29)
七
リビングの広さは十二畳ある。南側は小さな庭に面し、床から幅一間半もあるガラス戸で採光がいい。東側は壁の中に二つの出窓式ガラスを設けてあり、その間々の壁には妻の好みで小さな額に入った絵やパッチワークが何枚か飾ってある。出窓の手前に観葉植物やこけし等を置いているが、よほど気に障るようなもので無ければ私は妻の飾るものに口出しをしない。出窓の一つを背にするような形で六人掛けの食卓テーブルを置いている。対面式のキッチンがその横の奥、北東側に続く。
来客があるといつも出窓側に座って貰っており、今日は及川君と熊谷にその席に座って貰った。私を真ん中にして左横に千葉さん、キッチンに近い方に妻が座ることにした。キッチンとテーブルの連絡に妻と千葉さんが並んで座った方が行動し易いだろう。妙なもので自分の娘が久しぶりに妻を手伝っているようにも見える。娘二人がいた時はこんな光景があったなと思いながらテーブルの上のおにぎりの数を数えた。
二つの大皿に七個ずつ乗っている。汁物を妻が椀によそい、千葉さんがテーブルの各個々に配る。レタス、人参、タマネギ、セロリ、ミニトマト、ハムの野菜サラダは五皿個別に盛られていた。千葉さんも妻も席に着いた。
「さあ召し上がれ、ここからここまでが昆布で、こっちがシャケ、こっちが梅ね」。
妻の説明に、それな最初からら三つの皿に種類別に分けて置けばいいのにと思いながら口にしなかった。また五人で割れない数に、内心どうなっているのかと思う。
「足りなかったら言ってね。まだご飯残っているから作れるから。サラダは好きなようにして食べて。味付けに三種類を用意したの。マヨネーズのチューブと小瓶のポン酢。それにゴマ油のお手製の中華風ドレッシング」
中華風ドレッシングはゴマ油が浮いて小鉢に用意されていた。それ用にスプーンが一つ小皿の上に置いて横にある。
「いただきます」。
三人三様の挨拶だが及川君の声が大きい。たちまち皆の手が大皿に伸びた。味噌汁は茄子に油揚げの具に長ネギの薬味だった。
「遠慮はいらないから、話ながら、ユックリ食べよう」。
私の掛ける声に妻が先に反応した。
「何を話してたの、聞いて良いのかしら」。
早くも一個を食べ終わった及川君だ。
「俺等の用事はすぐに終わりました。面白いですよ、鎌倉幕府と苗字の話。奥さんも先生の苗字のルーツ話って聞いたことあるん(の)ですか」。
「あらその話、長くなるわよー」。
語尾を引っ張る。余計な事をいうなという私の目を無視して続けた。
「この五年ぐらいかしら、定年を迎える年齢になって、自分の生まれ育った故郷の事を何も知らないなんて情けない、とか何とか言って主人が急にこの町に関わるものを調べだしたの。小学校から高校まで一緒だったお友達が役場に勤めていて藤沢町史編纂の担当職員だったのね。作ったのは良いけど売れずに在庫が役場の倉庫に何冊か眠っているって教えられて、主人はあちこち転勤と単身赴任だったりしたから町史が有るってこと事態知らなかったんだって。購入してあげて、そのままだったのね。
でも勤めも終わり近くなって、もうこれ以上単身赴任とか転勤はないなって気持ちにゆとりが出来たんじゃない?、放っておいた町史の歴史のページを開いて見たんですって。そしたら大変よ。歴史の中に生徒達の顔が見えるとか急に主人が言いだして。その中のあるところに出典が吾妻鏡とか書いてあったらしいのね。
吾妻鏡を知ってからもっと大変。クラスに千葉とか及川とか、畠山とか小野寺とか熊谷とか、奥州合戦っていうの?、その後に、勝った頼朝から所領を貰った侍達が関東からこの東北地方に来たんだって、主人は興奮気味ね。ここは平泉藤原文化、世界遺産だって誇りに思っているのに、藤原より頼朝よ、その家来達、侍の話よ」。
「侍とは言わないよ。武士。東北じゃなくって奥州」。
私が訂正すると、奥様は何処の出身なん(の)ですかと私の右隣に座る熊谷君が質問した。